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懐かしい―――確かに言った。
この男が懐古の言葉を口にすることはこれまで一度も聞いた事がない。昔どころか自身の話をしたこともほとんどない。
そんな事を万が一にも言ったら楽しそうに「訊かれたことがないからじゃないかい」なんてやんわりと躱される。もしくは「俺に興味が湧いてくれたか?」などと寝言を吐きそうだが、それでも意外だった。
振り向いた男と目が合う。首を傾げるようにまた笑って答えた。
「おや、興味が? 嬉しいねえ」
予想したままの台詞が返ってきたことが慣れ合ってきた証拠と言われたようで、とてもじゃないが喜ぶことは出来ない。
「おまえさんほどではないけれどね、珍しいモノだったようだよ。コレは」
こちら側の不満を解っているのか男は心底楽しそうに笑いながら、細い指でまた耳からおちてしまった前髪を優雅にかきわけた。何をしているのだろうと見ていると、かきわけたまま器用に自らの右眼を指さす。示されるがままじっとそれを捉えた。
一見すると、髪と同じ栗色。
硝子玉のように機械的であるのに、陽に当たると柔らかな光を帯びる暖かい栗色だ。自分が持つ冷たい漆黒とは、まるで違う。
「……珍しいモノ?」
そんな風に全く見えない。
というよりも、この時まで他の連中の瞳をろくに見たこともない事を今更思い知った。河の奴らについては言わずもがな、上の立場の連中だってまともに自分へ視線を向けないため見つめ返したことがないのだ。
そういった意味での珍しさはあり、思わずまじまじと男の目を見てしまった。
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