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男は視線の本当の意味を知ってか知らずか、ふふ、と一度瞼を伏せて笑う。
改めて髪に触れながら目を開けて、少し悪戯っぽく続けた。
「熱烈な視線だねえ」
「薄気味悪い」
「そんなにも気になるのかい?」
「いいから話せ。何が珍しいんだ」
「だからコレがね、珍しいんだ」
「今さら貴様と言葉遊戯を交わすつもりはない。話せ」
「おまえさんは相変わらず我儘な子だねえ」
「嫌味は要らん。話せと言っている」
「……そうか、おまえさんは俺の右の色を知らないのだね」
「知るわけがない」
「発動できるのは下でだけだしねえ。まあ、当然と言えば当然か」
言いながら、男は足を水面から戻して膝を抱える。
濡れたままの足が触れた岩が黒の染みを作っていくが、今さら特に気にするほどの事ではない。この男に至っては濡れたまま胡坐をかいているせいで着物の裾がいっそ清々しいほどに濡れている。
それに気付いた男は腕を伸ばして裾の端を両手で握りしめ、少しの水を絞り落としながら言った。
「コレはね、浅葱色になるんだ」
「浅葱……」
薄い藍色。浅葱色。
さぞ美しいのだろうと思った。
無意識に空を見上げた。今日の空は浅葱色に近い。晴れた空とよく似た色を瞳に宿すことができるだなんて、自分には到底想像もできなかった。そして何より、この男がそんな色を持っているなんて思わなかった。
何と言うか、美しすぎる。……否、外見の美しさだけを言えば似合いの色とも言えなくもないのかもしれない。認めたくはないが。
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