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そんなこと、聞いていない。此処の連中だって忌み嫌うこの瞳を、はるかに弱く哀れな下界の生き物――人間を相手に真正面から見据えないといけないのか。
そんなことをしたら、どうなるのか。
「大丈夫だよ。俺も最初こそ心配したけれど、これがなかなか……人間というのは面白いものでねえ。図太いとも言うかもしれない」
男は心底愉快そうに笑うと、長い髪に自身の指に絡ませた。
そのまま指先で髪をゆるやかに梳きながらまとめていた紐へと辿り着くと、それを丁寧に解く。ばさりと豊かな栗色の髪が広がった。
一人称や低い声色から察するに性別は男のはずだが、一連の動作があまりに優雅で美しく、性別を超えたある種の芸術品のようでもある。そんなこと、例え口が裂けても言わないが。
まるで琴を弾くように髪を梳き続けながら、青年は言葉を落とした。
「……おまえさんも」
「え?」
「救われる事があるかもしれないねえ」
「救われる? この私が救われる必要があるとでも」
「あるんだよ」
「………」
「誇り高いおまえさんは聡いから」
「………」
「そうだろう? 理解する頭は持っているだろう」
「……嫌味はいい」
「だからね」
話に区切りをつけるように、男は自身の宿す色とよく似た空を仰いだ。
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