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―――金木犀の香りがする。
思ってから「そんなわけないじゃない」と呟いて意識的に頭を左右へ振った。
今はまだ七月の後半に突入したばかり。少し遅くなった昼食を買いにコンビニへ来たはいいけれど、帰りにはあまりの暑さに耐えきれなくなった。そういう季節だからだ。
それでもともう一度、スンと鼻を鳴らしてみる。……さっき感じたよりは微かになってしまったものの、やはり金木犀の香りはする気がする。
まさかと思ってきょろきょろと周囲を見回してみた。誰も反応している様子はない。
気のせいか、と目を閉じる。
途中歩きながら髪を軽くバレッタで留めあげたうなじから流れる汗は、止まるところを知らない。節電と総務からうるさく言われ続けて設定温度は例年上がっているとはいえ、外に比べたら社内は快適だった。
こんな季節に金木犀が咲いているわけがない。
この道を通った誰かが香水か何かを身に付けていたかどうかしたのだろう。コンクリートジャングルで照り返す太陽の光で蒸された自分と同じような会社員から、そんないい香りがするとは思えないけど。でもきっと、うん、おそらくそうだろう。それ以外の理由が見つからない。
信号待ちの今を利用して、ハンカチで首元と頬を軽く仰ぎながら自分が汗臭くなっていないかをそれとなく確認してみる。
まだ大丈夫。近年の制汗剤の機能性は素晴らしい。
気付けば先ほどのむせ返りそうな金木犀の香りはすっかりなくなっていた。気のせいだったのかもしれないと思うほど、一片の残り香すらない。
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