2.黄色十字の後悔

3/52
前へ
/142ページ
次へ
「……何だったんだろ」    周囲を見ても、あの香りに気付いた人はいなさそうだ。  金木犀という言葉すら同じく信号を待つ人たちの間で話題になっている様子がない。  あれだけの良い香り……人によっては強すぎる匂いでもあるのに気付かないなんて不思議すぎる。もしくは本当に気のせいだったのだろうか。白昼夢というやつか。    だとしたら、相当疲れてる? 「夏バテ……?」    ため息をひとつ吐く。  それと一緒に気持ちまで凹んで下降への一途を辿りそうになったので、先程のハンカチで気持ちだけでも陽射しを遮ってみた。  そんなことをしたところであまり意味のない行動だとは分かっている。少しでも憂鬱な気分を払拭したかった。    学生時代は良かったなんて、飲み会での上司たちのような愚痴は言いたくない。  でも今だけは言いたい。  世間の児童、学生たちは夏休みが始まったばかりの頃のはずだ。楽しくて仕方ないと顔だけでなく身体中に貼り紙でもしていそうな若者たちが横断歩道を渡る今も脇を通り過ぎていく。  自分のあの頃を思い出してみても長期休みは宿題もそこそこにバイトと遊びに興じていて、勉強らしい勉強はまともにしていなかったと思う。  大学生になればもっとそうだ。  課題こそあるけれど、世渡り上手な先輩たちのアドバイスによりそこまで厳しい教授の講義を取らなかったおかげでバイトにも遊びにも集中出来た。  人生で一番お金を稼いでいたし、遊んでいた時期かもしれない。
/142ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加