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あの日の会話が今日(こんにち)へと続いている。
くすくすと小さく笑う声で我に返った。無論笑い声の主は想像通りだ。
未だ隣に腰を下ろしている気に食わない男は、いつのまにか河から脚をあげて胡坐をかいていた。足先から水が滴り続けているのを気にする様子はない。
髪の長さのせいばかりではない一見女のような線の細い身体と雅な物腰。
しかしその実雑なところもあるのか、大きく胡坐をかいたことで着物の合わせが普段より更に乱れていることを気にする素振りは全くない。
男は髪をゆるりと右耳にかけると、目を細くして笑う。
「昔を思い出しているのかい? 例えば俺がおまえさんに声をかけた時の事だとか、おまえさんが俺へ言葉を返してくれた頃のことを」
「………」
「ふふふ。初めての仕事を承る前は、皆そうさ。感傷的になるのかもしれないねえ。勿論、俺もそうだったからね」
「貴様に昔なんてものがあるのか」
「そりゃあねえ。生まれ落ちた瞬間からこの姿であるわけがないだろう? それはそれは可愛らしい稚児時代を経てきているわけだ」
「そこまで昔の話はしていない」
「ふふ。わかっているよ。承る前の話だろう? それだって、勿論あるさ。どのくらい生きてからだったかなあ。兎も角昔は昔だ」
「………ほう」
「おまえさんが此処へ寄越されたずっとずっと前だね。もうどのくらい前になるだろうねえ……懐かしいなあ」
「………」
思わず男を見つめた。
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