ひとつの甘さのなかで

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 お願いしますの意味を込めて手を振り、障子が閉まると唇を尖らせてそっぽ向いている王子に視線を流す。 「先輩」  まーた逃げてきましたね、と笑声を漏らす俺に煩いと鼻を鳴らしてきた。  おやおや王子は随分と不機嫌らしい。 自分の知らないところで勝手に稽古事を増やされそうになったのが癪に障ったのだろう。ご立腹の様子は毛を逆立てる猫のよう。今にもフーッと鳴き声をあげてきそうだ。  むくれている彼女の機嫌をなおすべく、おいでおいでと王子を手招き。横目でこっちを見てくる王子は再びフンとそっぽを向いた。  うーむ、道端で出会った野良猫にチッチッチとやって尾を向かれた気分だ。その内、猫パンチでも繰り出してきそう。    ならば仕方がない。これは放置に限る。  今の御堂先輩にはこれが一番効くだろう。テーブルに寝転ばせていた新書を手に伸ばし、ページを開く。  するとどうだろう。新書が掻っ攫われた。  あれま、声を上げる俺をぶすくれたままの表情で見据えてくる似非にゃんこ。オーラが僕に構え、放っておくなと主張している。  今さっきまでそっぽ向いていたのはどこのどなただろうか?  呆気に取られていると新書を向こうの壁際まで滑らせ、御堂先輩が膝に頭をのせてくる。     
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