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ポッカリと口を開けた暗闇から風が吹いてくる。
音が近づいてきて、そろそろ来るなと思った。
地下鉄のホームは地上よりも明るい。
――光の世界に潜って、闇の世界に浮上する。
銀色の車体に赤いライン。
いつもの地下鉄に乗って、いつものようにドアの横に立つ。
窓の外をグレーの壁が流れていく。その繰り返し。
1つ目の駅に着いて、乗客が入れ替わる。
すぐ隣に立った人はドアの上の路線図表示を見上げているから、きっと乗り慣れていないのだろう。
4つ目の駅で降りて改札を出て、入り組んだ地下通路を歩いてA5の出口の階段を上った。
地上に出れば、ただのビルとビルの間。行き交う人もほとんどいない。
まっすぐ進んでいくと、右手に小さなコンビニが見える。
その角を曲がって、急勾配の坂を見上げた。
左側の建物はビジネスホテルだったそうだけど、火事の後、再建できずに廃墟となっている。
何となく薄気味悪いので、そちらを見ないようにして速足で通り過ぎた。
坂道にはわざと凹凸がつけられていて、ヒールをひっかけないように慎重に上っていく。
途中でひと休みして、乱れた呼吸を整えた。本当にこの坂はきつい。
坂を上り切って左に折れると、白いマンションが現れる。「エステート赤坂」。
その名称を初めて聞いた時は、てっきり地名からつけられた名前だと思ったけど、赤坂くんがここのオーナーだかららしい。
知り合って数か月経つけど、赤坂くんには時々驚かされる。
まだ若いのに親の遺産でもなく、こんな都心にマンションを所有していること。
それでいて、彼の職業はそのマンションの一角で開業しているリラクゼーションサロンの施術者であること。
医学部で脳科学を研究していたのに、なぜそういう道を選んだのか。本当に赤坂くんには謎が多い。
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