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見間違えたと思った。だから回れ右をして数歩戻り、大きく息を吸い込んで、吐いた。
…入社して三日、知らないうちに気疲れだか何かストレス的なものが溜まり認知能力に異常が出たに違いない。
意味もなく腕時計を確認し天井を仰ぎ見てから、何事もなかったかのように再び事務所へ足を踏み入れる。
「戻りましたぁ」
今度はしっかりと存在をアピールするために声をかけた。
「おう、午後からは外回りについて来てもらうから」
俺の教育係である五十川さんはにこりともせず、涼やかな視線をこちらへ向けた。両手でクマのぬいぐるみを持って。
…見間違えじゃなかった。
「弥田?」
「っ外回りですね!よろしくお願いします」
俺の視線は体長20センチ程の明るいベージュ色をしたクマに釘付けだ。そんな視線に気付いて、もっともな事情を説明してくれるかもしれない…という淡い期待は叶わなかった。
「もう出れるなら行くか」
五十川さんは何事もないようにクマと鞄を手に持ち立ち上がる。
軽口をたたけるような雰囲気の相手ではないので「なんすかそのクマ~」と笑って聞くことができない。
私物のクマなのかな。
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