404人が本棚に入れています
本棚に追加
…いやいや、考え過ぎだ。最初に見たとき、クマのぬいぐるみに話しかけていたように見えたのだって勘違いに違いない。
今の状況で慌てる様子もないし、きっと俺には考え及ばない事情があるのだ。
「なにボサッとしてんだ」
睨まれ肩が上がる。
「すみませんっ!なんでもないです」
中指で眼鏡のブリッジを持ち上げる仕事の出来る男とかわいいクマのぬいぐるみに関係性などあるわけがない。
冷静に考えろ、と自分に言い聞かせて背筋の伸びた後ろ姿を追った。
「道分かるか?地元じゃないんだろ?」
「そうなんです。大学の四年間は過ごしたんですけど…土地勘はあまり」
「ふうん。まあ、ナビもあるしな。嫌でも道は覚えるよ」
五十川さんは営業車の運転席に乗り込むと、迷うことなくダッシュボードにクマのぬいぐるみを置いた。
…置くのか。もしかしてツッコミ待ちなのか?
「次からは一人で行ってもらうからな、分からないことは今日のうちに聞けよ」
「はいっ」
日差しは柔らかく。風は心地好い。
ダッシュボードにころんと置かれたクマが違和感なく馴染む季節だ。つぶらな瞳は優しげに輝き、なんとも平和な気分だった。
…クマのぬいぐるみに最適な季節があるなんて考えもしなかったな。
「寝んなよ」
「ねてにゃ…んがっ」
強めに踏まれたブレーキに首が大きく揺れた。
…
最初のコメントを投稿しよう!