世界はアイに満ちている~慢心~

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世界はアイに満ちている~慢心~

 ――あいつはずっと俺だけを見ているのだと思っていた。  男は突然告げられた言葉に一瞬頭がついていかなかった。 「今、なんて……?」 「別れよう」  はっきりともう一度言われた言葉が重く男の胸に伸し掛かる。 「どうしてだ?」 「どうして? 別れようって言うのも可笑しいのかな。だって、ねえ。私たち、恋人同士って言えた?」 「俺たち、付き合ってただろ? だったら――」 「付き合ってたら恋人なの!?」  少女は声を荒げる。今まで見たこともない少女の姿に、男は目を見開いた。 「名前だけだったら最初からいらなかった。恋人なんて、いらなかった。私は、私は……"飯塚さん"になりたかった」  その名前を聞いた瞬間、男は息を呑む。  ――飯塚亜也。肩で切り揃えられた艶やかな黒髪に、ぱっちり二重の目。赤く色づいた唇は何より魅力的で、学年一かわいい少女だ。  そして、男の浮気相手でもある。 「飯塚にはなれない」 「知ってる。知ってた。だって、飯塚さんは女の私から見ても魅力的で、とてもかわいいから」 「なあ、悠里。飯塚にはお前はなれない。でも俺が好きなのは――」 「私、なんて言わないでね。だって、私疲れた。ずっと待ってた。待って待って待ち続けて……。待つことに疲れたの。俊哉の隣にずっといれたらって思ったけど、無理だった。ごめんなさい」  悠里は目元に薄ら涙を浮かべて走っていく。俊哉の呼ぶ声に振り向くことなく、少し先でずっと黙って待っていた長身の男のところへ走っていった。  長身の男は笑みを浮かべて悠里を迎える。悠里の肩に腕を回して歩き出した男は、睨み付けるように俊哉を見た。 「っ」  ――ずっと俺だけを見ていてくれると思っていた。  俊哉は顔を覆ってその場にしゃがみ込む。 「好きだ。好きなんだ……」  黒い影が俊哉の心を覆っていく。  
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