朝に、はじまる

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 俺だって、と。  応じたくて、言葉がうまく口から出ていかない。強くなれた、だなんて、あまりに過分な言葉だった。そしてお互い様だった。なるほどたしかに葵は自他共に認める強いメンタルの持ち主で、己が勝つことを疑わなくて、『怖いものなんてなんにもな』かった。  それでも今は、誰かの祈りが、つめたい盤上を、すこしだけあたためてくれると思う。  暗かった空にはじわじわと光が差し始め、夜は朝へと移り変わる。その柔らかくあたたかい変化の中で、竜一の瞳が、光を受けてきらきら煌めいた。きれいで、きれいで、葵はなんだか胸の奥が掴まれるような心地になる。 「……竜一」 「葵」  また、声が被った。瞬いて見つめ合って、竜一が小さく吹き出して、どうぞと言いたげに軽く肩を竦める。その悪戯めいた顔が、好きだ、と、思った。ほんとうに。  つめたい世界で、きらきらと輝いて見えたひと。  つめたい世界に、あたたかさを齎してくれたひと。 「オリンピック、……流石に見には行けねえけど。応援してるから」  口に出せるはずもなかった。代わりに葵は、嘘ではない、当り障りのないことを口にした。葵がきょとんと瞬いて、「え」と小さく首を傾げる。 「見に、来ないの?」     
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