朝に、はじまる

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 握った手を引き寄せられて、竜一の胸のあたりで、ぎゅっと両手で握られる。 「俺も」  押し出されるみたいに言葉が出た。 「俺も、勝つ。名人……っつってもわからないだろうけど、きっと獲る」  名人に挑戦するにはまず順位戦のランクを上げる必要があるから、最低でも数年かかる話だ。  それでも、途方もない未来だ、とは、思わなかった。 「うん」  竜一が、笑う。 「頑張って。頑張ろうね、葵」  この笑顔を、きっと思い出すだろうと思った。いつか葵が盤の上で追いつめられたとき、ひとりきりの戦場で折れそうになったとき、葵はきっと、竜一が応援してくれていることを思い出す。  それだけのことが。  指し手を教えてくれるわけでもない、なにをしてくれるわけでもない、それでも価値のあることだと思えた。頷いて手を握り返し、すっかりあたたまった手のひらの熱をひどく大切なもののように思って、ぐいと引き寄せ返して、その軽く握られた指先に、口付けた。
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