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片側だけにやりと唇を吊り上げた、あんまりに意地の悪い笑い顔。
我に返るのは即座だった。負けず嫌いは生まれ持った、もはや自分では制御できない類の性分だ。足の速さには自負などひとつもなかったが、売られた喧嘩を買わない理由には成り得ない。葵は脚に力を込めて速度を上げ、あっという間に彼に追いついた。
追い抜く瞬間に、彼を見ることはしなかった。
どうせすぐに追い抜いてくるとわかりきっていたし、子どもの遊びにムキになっているわけではないというポーズをとりたかったのだ。もちろん、実際は、ムキどころの話ではなかったわけだけれども。
ともあれ、そうして追い抜いて追い抜かれてを繰り返せば当然のこと、最後にはふたりとも、全身全霊での全力疾走になっていた。桜並木の先にある大きな公園に入ったのは彼のほうがすこし先で、ふたりともごく自然とそこをゴールと認識していたから、彼はいかにも得意気に笑って、葵は小さく舌を打った。
そして、言葉を交わさないまま別れた。
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