つめたい盤上

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 歓声はもはや、曲を掻き消すほどになっていた。まだ曲の途中なのに誰もが立ち上がり、大きく手を打ち鳴らし、竜一の演技を讃えている。そうしてリンクの真ん中で行われる最後の演技要素──足換えのコンビネーションスピンに、歓声と拍手は、雨のように強く降り注いだ。  そうして、訪れた曲の終わりとともに。  竜一は高く、高く、拳を掲げた。がたがたと椅子が鳴る音は大きく、けれども拍手と歓声に紛れてしまう。投げ込まれる花、花、花。鳴り止まない拍手。  総立ち(スタンディング・オベーション)。  完璧(パーフェクト)だった。ひとつのミスもなく、ひとつの取りこぼしもなく、竜一はすべてを演じきった。ガッツポーズののち、顔を覆っていた掌を持ち上げる。  歓声のシャワーに応えるようにぐるりと回って、両手を広げて。 (──あ)  豆粒みたいな観客の中に、運命みたいに、彼を見つけた。立ち上がって、手を打ち鳴らしている。絶対そんなことをするようなタイプに見えないのに。  そんな一生懸命拍手して、しばらく筋肉痛で駒が持てなくなっても知らないぞ、と。  思ったら、思わず笑っていた。少し気が抜けたみたいな笑顔で大きく手を振って、最後に一礼して、竜一はリンクをあとにする。  終わった、と。  噛みしめるように思って、一度だけきつく目を閉じた。
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