食べかけの林檎に齧り付く

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 __電話は、母からのものだった。 「今日お父さん10時に帰るって。お母さんも今日は仕事長引きそうだから、多分同じくらいになると思う。ちゃんと戸締りしてね。夜は寒くなるって言うから気をつけてね。」  母の優しさがじんわりとしみた言葉だった。そうだ。二人ともいつも遅くまで帰ってこないけど、優しくて、いい両親なんだ。そう実感して、なんだか妙にほっとした。  短い会話だったが、電話を切った後、自然と頬が緩んだ。  __もちろん、母のあたたかい言葉のおかげでもあるが、もう一つ……  ふっと振り返ると、さっきまで熟睡していた彼は目を覚ましていた。  しかも、さっきまで僕が座っていたところにいて、  __あ、起きたの  声をかけようとしたそのとき、  彼はなんの躊躇いもなく、食べかけの僕の林檎に齧り付いた。  ドキリ、とした。  そりゃあ林檎を食べられたことに文句だって言いたいし、それ食べかけなんだけど、とかも言いたいけど、それ以上に、胸が苦しくなった。  寝起きのどこかぼんやりした目つきで、僕が半分食べた林檎をちまちまと齧る姿はなんだか妙に色っぽくて、うわぁ、なんだろう、どうしよう、やばい。  それだけじゃない。  彼はかなりの潔癖症で、他人が口にしたものは絶対に食べないし、温泉とかも行きたがらないような人だった。それなのに、今……  言葉にならない。ただひたすらに心臓がバクバクと高鳴っていて、胸が苦しくて、もうなんか色々爆発しそうで、必死に唇をかみしめて堪えた。  ふ、と彼の視線がこちらを向く。  咀嚼していた林檎を飲み込んで、ふふ、と穏やかに微笑んだ。 「おはよ、けんた」  うっわ、だめだ、えろい。 「お、おはよう、りゅう」  思わず声が震えた。  そんな僕を見て、彼は……琉生は、クスクスと笑った。
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