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地下鉄もといニセテツは暗闇の中を走っていく。車内の寒々しい明かりだけが頼りだ。 小町ちゃんは俺の手を引いてどんどん車両の後方に歩いて行った。途中、人と会うことはなかった。 「ニセテツは地下鉄のふりをしてホームにやって来ます」 「ふり?」 「そうです。本物の通過列車のアナウンスを利用して、〝視える〟人が乗り込んでくるのを待ってるんです」 俺はハッとなった。そうだ。ストーカー野郎のせいであまり意識してなかったが、聞こえて来たアナウンスは停車する列車のものじゃなかった。 あんなもの、ぼうっとしていたら絶対に聞き逃す。というか、音楽聴いてたら一発でアウトだ。 小町ちゃんはーーー〝視える〟側の人間なのだろう。だからこそ細心の注意を払って乗り込む電車を吟味していた。 「動き出すと形を保てないのか、どんどん化けの皮が剥がれるんですけど…」 ほら。と小町ちゃんが指したのは今をときめくアイドルが微笑む中吊り広告だ。一見すると何の変哲も無いはずのそれはニセテツの揺れに伴ってゆらゆらと光を弾いている。 「うん…?」 ガタン、という音と一緒に三日月形に瞳を細めていた笑みがーーー消えた。 代わりに表れたのはアイドルと同じポーズで寝そべる白い着物の女だ。乱れた髪を直すこともせず、地面に体を投げ出している。 「な、んだよこれ…」 「ひき肉はグラム18円…私が前に乗った時と変わってないですね…」 俺は慌てて周りを見回して息を飲んだ。目の前の光景が信じられなかった。 車両は汚く錆びている。足元に溜まった水のせいだろう。劣化してボロボロと崩れたシートには誰かのスマホが置いたままになっている。中吊り広告の場所に並んだ紙には「奥歯ノ取リ残シニ気ヲツケヨウ」とか「皮ハ綺麗ニ残ソウ」、「レール跡ニ注意!値下ガリノモト」なんていう人肉加工の注意書きが並んでいる。 「これが…ニセテツ…」 「ええ。もしもニセテツがこの先の駅に止まってくれなかったら、私たちもああなります」 小町ちゃんは冷めた表情で俺に告げた。
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