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「『心を半分どこかに置き忘れてきたような気がする』って、今日言ったの覚えてる?」
牛タンを噛みながら、彩がぽつりと呟く。忘れるわけないじゃないかと、そう言おうと思ったけれど、なんとか踏みとどまった。
彩の言葉は続いた。
「私、ここのところずっと、何を見ても感動しない日が続いていたの。綺麗な絵を見ても、綺麗な風景を眺めても、何も感じないの。でも今日の夕方、仙台の街を散歩してた時、ビルの谷間に夕焼けがぽっかりと浮かんでて、それを見た時初めて『あぁとても綺麗だな』って感じたの。
ぽってりとした、まあるい夕日が、高層ビルをオレンジ色に染める様子が、綺麗で、本当に息もできない程綺麗で、あぁきっと天国って、こんな場所なんだなって思ったの。
――でも、ふっと思ったんだ。たとえ天国がどんなに素敵な場所だったとしても、私のお母さんもずっと天国で待っているのだとしても、そこにお姉ちゃんは居ないんだなって」
「……気づくのが遅すぎたよ」嗚咽が漏れそうになるのを堪えながら、私は呟いた。
「色々心配かけてごめんね」なだめるような彩の声が降ってくる。「これからは何があっても、まっすぐに前を向いて生きていかなきゃいけないね」
彩はそう言って、にこりと笑った。あぁ、この笑顔が見れて良かった。私は泣きたくなるほど嬉しい。
大丈夫。彩も私ももう大丈夫。なくしたもう半分の心は、ちゃんとここに帰ってきたのだから。
窓の外には、仙台の夜景が、まるで星空のように美しく広がっていた。
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