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勇者の出陣
「んあー…肩が痛てぇ……」
俺は声に出して、昨夜の仕事の愚痴を独りごちた。
深夜のビル清掃の派遣社員は、思いのほか重労働である。首を一つひねり回すと、凝りの残る筋肉がゴキリと音を立て、喉からため息を絞り出す。ボロアパートの窓から差し込む、朝の光が眩しい。
カーテンを利用した赤いマント。ダンボール紙とプラ板を張り合わせて、エアブラシで仕上げた軽装鎧と、作業用ベルトを利用して背中に提げた大剣の銘は『真・エクスカリバー改』だ。腰のベルトに、魔法発動の聖霊護符を提げておく事も抜かりはない。
周囲の連中からは、失笑を含んだ声でよく言われる。
「三十も過ぎて、よくやるよな」
俺だって好きでやってる訳じゃない―――
そう言いたいのを抑えて、「俺は趣味のために生きてるんだよ」と、何度答えをはぐらかせたことか……
ドアノブを何度も回して、鍵がちゃんと掛かっている事を確かめ、俺は出掛けた。階段を降りると待ち構えていたように、隣に住む大家の家の犬が吠えまくる。地下鉄への入口はアパートからそう離れていない。俺がこの物件を選んだ理由でもある。
駅の改札を抜け、階段からホームに降り立つ。
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