あの階段を下りたなら

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あの朝。 地下鉄の改札に瞳を奪われた朝。 私は押された肩に歩みを進めた。 いつも通りの階段を上るために…… 私が9時にしていた事は、潮風を胸いっぱい吸い込む事でも無く。 広い海を眺める事でも無かった。 近代的な窓に囲まれたオフィスから、青い空を眺めながら得意先の電話に出る事だった。 ドラマのように、地下鉄に飛び乗る事も出来なかった。 会社に仮病の電話もできずにいた。 私に来たのは心に蓋をして、オフィスの扉を開くこと。 あれから何年経ったのだろう。 オフィスの窓から見える空を眺めながら、地下鉄の旅を続ける。 そんな朝を、何度迎えただろうか…… 現実に引き戻された空しさも、何度感じたことだろう。 「さぁ、仕事仕事」 自分に言い聞かせ、意識をパソコンへと向ける。 これも……、何時もの事。
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