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どれくらい時間が経ったのか。
……ピチョン
「……ん?」
水音が耳に響いた。
ふと見ると、足元に小さい水溜まりができている。
雨漏りしたのか。
そんな気配はなかったのだけれど。
「……て、えっ?」
その水溜まりに、バタバタと暴れる物体を見つけ、ヒッと身をすくませた。
よく見ると、1匹の蛾だった。
太い胴に、枯れ木のような羽。
もがくたび、その羽から鮮やかな紅がのぞいて見えた。
この蛾は知っている。
……確か、ベニシタバ。
ぼんやり浮かんだそれは、兄に教えてもらった名前。
「………」
正直にいうと、あまり虫は好きではない。
幼少時は虫とり遊びに興じたりもしたようだが、今では小さな羽虫が家に入るのも嫌だ。
それでも、気づけば私は立て掛けていた傘を手にして、蛾をすくいあげていた。
どうしてそうしたかはわからない。
ただ、もがく姿を放っておけなかった。
「ほら……。
でも、外はまだ雨だよ。しばらく雨宿りしなくちゃね」
そう言うと、返事するかのように、ベニシタバが傘の先から飛び立つ…………
ーーー瞬間、
すべての音が
消えた。
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