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「ちなみに、ショーンに共犯がいて、彼が階下におりたあと死体をつるした、とは考えられない。おれはショーンがブロンテの部屋を出るとき、カギをかけているのを目撃した」
「ショーンはもういいよ」
「そうか? おれなら、まだ方法はあると思う。たとえば、夜中に殺しておいて、死体はそのままにしておくんだ。カギをかけて誰も入らないようにしておいて、朝方になってから死体をつるす。死体の飾りができてから、さも今、部屋に入ったふりをして悲鳴をあげる……」
ジェイムズは首をふった。
「それはないなあ。死斑の状態がね。死体はベッドの上で中腰になる形だったろう? 足から下に死斑ができてる。死斑については騎士学校で習ったろう?」
「死体の下になった部分にだけ、血液がうっ血してできる斑紋だろ? おぼえてるさ。つまり、ブロンテの死体はあたたかいうちにつるされた。それは間違いないわけだ」
「ああ」
「もちろん、この考えも不正解だとわかってた。このれだと、ショーンは部屋から出るとき、カギをかけているところを誰かに目撃されないと意味がない。
昨夜はおれがいたが、あれはたまたまだ。誰かが見てくれるまで、ずっとブロンテの部屋で待ってるなんて非現実的だ。朝まで誰も出てこない可能性だってあるんだからな。
第一、変な物音がしてたのは深夜だった。明けがたにはやんでた。ショーンが死体を発見するより、だいぶ前だ。時間があわない」
「じゃあ、なんで、そんなことを?」
「考えられるかぎりのパターンは考慮に入れる。それから物証に照らしあわせて、矛盾がないか、ふるいにかける。ショーンは白だな」
「そうやって、泊まり客の一人一人について考えていくのかい?」
「今、問題なのはカギだ。カギの謎を打破しなければ、事件は解決しない。だから、マスターキーを使える立場のショーンにこだわったんだ。
カギについて、現状でおれのできる助言は、あと二つ。一つは以前、この部屋に泊まった客の誰かが、カギの写しをとったんじゃないか、という考え。秘密の合鍵だな。それを使ってブロンテの部屋に入ったのなら、密室でもなんでもない」
ジェイムズの顔が目に見えて明るくなる。
「なるほど。前もって合鍵を準備しておくのか」
「ショーンに聞けば、客のなかに、以前にも泊まった者がいないかわかるだろう。しかし、わりに繁盛してるようだ。何年も前に一度だけ来た客なら、忘れてしまってるだろうな」
「さすがは、ワレサだなあ」
ワレスににらまれて、あわててジェイムズは言いなおす。
「いや、ワレス。それで、もう一つの助言とは?」
「カギをブロンテにあけさせるのさ。外からドアをたたいて、入れてくれと言う。なかからマヌケな男が、殺されるとも知らず、カギをあける。その時点では、まだブロンテは生きてたんだからな。
深夜の訪問者は、ブロンテを殺し、死体をつるし、合鍵を使ってカギをかけ、去っていく。朝になって死体が発見され、宿のなかは大騒ぎだ。そのさわぎに乗じて、チェストの引き出しにカギを返しておく」
ジェイムズは考えこんだ。
「それだと、犯人はブロンテの顔見知りだな」
「もちろんだ。秘密の合鍵にしろ、ブロンテにあけさせるにしろ、知りあいなのは確実だ。でなければ、ブロンテがこの宿に泊まると、どうしてわかるんだ。犯人はブロンテの知人で、やつの行動を監視できるか、あるいは行動をコントロールできる立場にいた。ヒューゴという男は、なぜ、今日になっても現れないんだろう?」
「この宿で落ちあおうと呼びだせば、ブロンテはやってくる。ヒューゴ・ラス。彼は怪しいな。さっそく、調べてみる」
真剣な顔つきで、ジェイムズは部屋を出ていった。
ようやく、ワレスは眠りにつけた。ウトウトしてると、窓の外で話し声がした。
「……娘が殺されました。一人娘でした。子どものころから女優になるのが夢で、大人になって州都へ行ったのです。運がよかったのか、まもなく主役に選ばれました。ところが、暴漢におそわれて、顔に一生残る傷を……娘は自殺しました」
しわがれた男の声だ。
しばらくして、女の声が応えた。
「かわりに主役になったのが愛人です。愛人が有名になれば、商売に利用できますから。でも、その愛人も借金のかたに買われてきたのです。言葉には尽くせないほどイヤな思いを、たくさんしました。それなのに、あの男はわたしに気づきもしない」
「悪魔です。あれは悪魔なんですよ」
二人の声はしだいに遠のいていった。
ワレスが覚醒し、窓の外を見たときには、もう誰の姿もない。
誰かが庭で話していたのか。それとも、ただの夢だったのか。
(暗い……過去。退屈しのぎに、誰かと誰かが、身の上話でもしてたのか?)
何か、ひっかかる。
しいて言うなら、宿全体をおおう、この空気。
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