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ワレスは二度寝をあきらめ、ジェイムズをさがしに歩きだした。
日が傾きだしていた。
そろそろ、成果はあっただろうか?
ジェイムズはブロンテの部屋の前にいた。
メーファンの部下と話している。
「やあ、ワレ……ス。目が覚めたんだね。変な時間に寝てると、今夜も眠れなくなるぞ」
「わかってる。新しい発見があったか?」
「新発見というほどのことは。ヒューゴ・ラスについては、メーファン隊長が調べに行ったよ。今夜はこの部屋にカギをかけて、合鍵とマスターキーを、私が預かる。宿には見張りの兵士が数人、残るそうだ」
「客が逃げださないようにな。室内にはまだ死体が?」
「死体は治安部隊の駐屯所に運ばれた。そこで塩漬けにされて、州都のブロンテの住所へ送られる。あの遺体がほんとにブロンテ本人か、遺族の確認をとらなければならないからね」
そのあと、急に思いだしたように、ジェイムズは続ける。
「死体をおろしてみて、初めてわかった。ブロンテは頭部に鈍器でなぐられた跡がある。こめかみあたりの骨がくだけてたんだ。血はほとんど出てなかったが」
「死んでから、なぐられたのか?」
「おそらく」
心臓が停止したあとに受けた傷からは、出血がきわめて少ないと、学校で習った。
ワレスは、じっさいにそういう死体を見たことはない。が、ジェイムズは仕事がら、経験がある口ぶりだ。
ワレスは考えた。
「いよいよ、おかしな事件だな。ナイフで刺して、鈍器でなぐって、そのうえ首をしめ、つりさげたわけか。いったい何がしたかったんだ」
死体をはずかしめたかったという理由だけだろうか?
あの死体の状況を見れば、それ以外には考えられないが。それにしても念が入っている。
「ところで、ジェイムズ。死体を運びだしたなら、もう荷物もないんだろうな?」
「なぜ?」
「メーファン隊長が手紙の話をしてたろう? ブロンテがヒューゴの手紙を持ってたんじゃないかと思ってね」
うれしげに、ジェイムズは笑った。
「君がそう言うだろうと思って、荷物はまだ残してあるよ。事件に興味がわいてきたんだろう?」
「ちがう。おれは早く出立したいだけだ」
「だから、協力してくれるんだろ? 君なら、私たちが見すごしたことにも気づくかもしれない」
ジェイムズは見張りの兵士に声をかけた。
「ちょっと、なかを見てもいいだろうか?」
兵士は快く、ジェイムズの前に道をあけた。
ワレスはジェイムズとともに、ブロンテの泊まっていた部屋に入った。
なかのようすは大勢の兵士が歩きまわって、すっかり様変わりしていた。じゅうたんは泥だらけだし、家具も動かされている。死体があった場所には、ロープがたれさがっていた。
ジェイムズが革製の旅行鞄をベッドの上に置いた。
「ブロンテの荷物はこれだけだ」
思っていたより少ない。
ユイラは温暖な国なので、着替えもかさばらない。が、それにしても、州都からここまで、片道でも二十日近くかかる。
ブロンテみたいな見栄っぱりなら、もっと豪華な衣装や道具を持ち歩いているのかと思った。
鞄のなかには下着や寝間着、財布、ヒゲそりなどの必需品。ほんとに最低限しか入ってない。
服はまだクローゼットにかけられていた。昨夜、着ていたものをふくめて三着だけ。
「あの手の権威主義者にしては、異様なほどに簡素だ。だが品物はいい。鞄もすり傷だらけでボロボロだな。旅なれてるのか?」
しかし、いかになれてるとは言え、金持ちが従者を一人もつれずに旅をするだろうか?
いくら、世界一の大国、文化の華といわれるユイラだって、盗賊がいないわけではない。そういう危険をぬきにしても、単純に不便だ。日ごろ贅沢になれた男が、一人旅に甘んじるのは、よほどの理由があるはずだ。
「秘密にしたかったのかな。この旅の目的」
つぶやくワレスの前に、にっこり笑って、ジェイムズが一通の封筒をさしだす。
「ちゃんと、あずかっておいたよ。ヒューゴ・ラスからの手紙。これは鞄の内張のポケットに隠してあった」
ジェイムズは旅行鞄のその部分を示した。ぬいめにそって切りこみが入り、隠しポケットになっている。
「用心深いな」
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