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風光明媚な湖畔の景色を見ながらの旅。
悪くはない。
道づれがもう少し気がきいていれば、言うことはなかったのだが。
ジゴロなんて長くは続かないぞ、とか、人生を真剣に考えなおしてみるべきだ、とか。
ジェイムズの小言を聞きながしてさえいれば、旅は順調だ。
三日めの夕暮れになって雲行きが変わった。雲行きといっても天気ではない。旅の運だ。
日暮れてたどりついた港町は、どの宿も満室。
サイレス湖は運河で海まで通じているため、大きな港町では、こんな事態がままある。
「しょうがない。湖畔を離れて、となり村まで行くか。最悪、野宿だな」
なれているので、ワレスは野宿くらい平気だ。
しかし、貴族のジェイムズには、その選択肢はないだろう。
というわけで、内陸へ移動すること馬で半刻。
アーリンという小さな村についた。
近隣の港町に食料を提供する農村だ。どこにでもある牧歌的な田舎だが、ひとつだけ、よそにはない特徴がある。
「埋蔵金伝説があるんです」と、宿のあるじは言った。
アーリン村に宿はその一軒しかなかった。
ワレスたちが到着したときには、あるじはいい顔をしなかった。
というのも、この宿も今夜は満室——正確に言えば、空いている一室は予約で埋まっていたからだ。
野宿をさけるために、ワレスは並大抵ではない苦労で説得しなければならなかった。
「この時間だ。予約の客は来るまい。万一、夜中にでも来たら、おれたちを追いだしてもいい。とりあえず、泊めてくれ。おれはともかく、つれは貴族の御曹司なんだ。こいつを星天井なんかで寝かせて風邪でもひかれた日には、こいつのオヤジに、おれが半殺しにされかねない。頼む!」
おがみたおすと、あるじは折れた。
ジェイムズが貴族の御曹司と聞いて、さからうのは利口でないと思ったのだろう。
「わかりました。こう遅いと、たしかに予約のかたはもう来られないでしょう。これも何かの縁かもしれません。お部屋に案内いたします」
「助かる。それにしても、小さな村だが、宿は繁盛してるんだな。港へ向かう旅人の通り道だからか?」
そのとき、あるじは例の言葉を述べた。
「この村には埋蔵金伝説があるんです。埋蔵金目当ての連中が年中、泊まりにきますよ」
「ふうん。埋蔵金ねえ」
ユイラは歴史の古い国だ。その手の話は五万とある。古代人の残した宝だとか。戦国時代に滅んだ一族の隠し財産だとか。
あるいは謀反を起こして死刑にされた貴族の軍資金だとか。
いちいち、本気にしてはいられない。
ワレスの気のない返事が、あるじは不満のようだ。
「本気になさっておられませんね。お客さんはよそのかただからご存じないでしょう。血まみれディバルを」
よそのかたではない。
じつを言えば、ワレスはサイレン州生まれ。十二までは、例の神殿でこの近くに住んでいた。血まみれディバルの話は知っている。
「三十年前、サイレス湖から海へと運河を通る船を、おそった海賊だろ? 損害は、はなはだしかった。が、最後は皇帝軍の軍艦と戦って、船ごと湖に沈められた」
「ご存じでしたか。そのディバルの根城が、この村のどこかにあったらしいんですよ。財宝がかくされてるというウワサですがね」
「なるほど」
たしかに、ディバルがこの付近に根城をもっていたらしいのは事実だ。
三十年前といえば、まだ当時を知る人たちが生きている時代の話である。ただの埋蔵金伝説というには生々しい。
「それなら、一獲千金をねらう連中が目をつけるかもしれないな」
今度はあるじも、ワレスの答えに満足した。部屋へと案内する。
暗く、古びた建物だが意外に広い。
せまいエントランスを通りぬけると、吹きぬけのリビングルームになっていた。
四方に二階の回廊が見える。
回廊の手すりの向こうにならぶ、ドアも見渡せる。
個室のドアは二つずつ。四面で八つ。
玄関の反対側に階段がある。
「客室は二階となっております」
「一階にはないのか?」
「一階は厨房や、私どもの住居ですので。リビングルームでは、お客さまがたがご自由にくつろいでいただけます」
リビングルームには、いくつかの丸テーブルと椅子が、絶妙な間合いで配置されている。見知らぬ者どうしが同室するのに、気兼ねない距離感。
すでに、何人かが思い思いの椅子にすわっていた。
どうやら、夕食が始まったところのようだ。
丸テーブルには、食欲をそそる香りと湯気のたつ料理が運ばれていた。
小間使いらしい若い女が、テーブルのあいだをハツカネズミのように、クルクルと動きまわっている。
「お客さまも、お食事になさいますか?」
という、あるじの問いに答えたのは、ジェイムズだ。
「ああ。たのむ。荷物を置いたら、すぐにここに来よう。じっさい、空腹だよ。なあ、ワレサ?」
ワレスは食事中の客たちをながめていた。
なんとなく、気になる。
まず、奇妙なのは、客たちの視線だ。
ワレスたちがリビングルームを通りぬけるあいだ、全員の視線がそそがれていた。妙に強い視線だ。
ワレスは容姿がすぐれているので、他人の視線をあびることにはなれている。
でも、今夜のそれは、いつもの視線とは違う。
ワレスがたぐいまれな美男子だから、という理由ではない。もっと緊迫した空気があった。
それでいて、ワレスと目があうと、誰もがあわてて目をそらす。
(変な連中だな)
客層はまちまちだ。
病弱そうな若い男。
裕福な身なりの初老の夫婦。
意思のかたそうな老人。
若いころには、そうとうな美女だったろう中年の女。
どう見ても、まともな職ではなさそうなチンピラ風の男。
わりとキレイな若い娘もいる。いや、むしろ、まだ少女といったほうがいい。十五か十六か。とにかく、うんと若い。
全部で七人。
これが泊まり客の全員だろうか?
ワレスが考えていると、二階で荒々しくドアのあく音がした。
全員の目がそっちに向いた。
でっぷり太った六十がらみの男が、足をふみならして階段をおりてきた。
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