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 *  熟睡できないうちに、朝が来た。  ジェイムズの声で目ざめる。 「おはよう。ワレサ。今日も旅日和だぞ」 「……あんたはいいな。能天気で。おれはよく寝られなかった。なんだか夜通し、うるさくなかったか?」 「そうだったか? 君は昔の知りあいに会うから、神経がたかぶってるんじゃないか?」 「そうじゃない。あんたが無神経すぎるんだ。誰かが夜逃げでもキメてたんじゃないかってほどの騒音だった」 「まあ、すんだことさ。今日はまず湖畔へもどり、それから南下したほうがいいだろうな。大きな道のほうが迷わない」  つかのま、ワレスはジェイムズのおおらかさを、枕に顔をうずめて罵った。  ジェイムズは容赦ない。 「さあ、出発しよう。片道、四、五日なら、今日あたり到着だろう? ワレサ」  ワレスはあきらめて、枕から顔をあげる。 「前から言おうと思ってたんだが、その呼びかた、やめてくれないか。おれは昔の名前はすてたんだ」 「でも、私にとっては、君は学生時代からの友人のワレサレスなわけで……」 「ワレス。そう呼べないなら、皇都へ帰れ」 「……わかったよ」  ジェイムズは叱られた子犬みたいな悲しげな目つきになった。  朝から、しんきくさい——と思っていたとき。  悲鳴が聞こえた。  急いで、ろうかへ出る。  ほかの部屋のドアも次々ひらいた。泊まり客たちが競うように顔をだす。 「どうしたんだ?」 「何かあったのか?」  口々に言いつつ、回廊の手すりをかこむ。  ワレスも手すりのところから、あたりを見まわした。  そして、気づいた。  向かいのブロンテの部屋だけ、いつまでたっても誰も出てこない。 「ジェイムズ。あの部屋だ」 「ああ」  ジェイムズと二人で、ブロンテの部屋の戸口までかけつける。  ドアは半びらきになっていた。  入口に宿のあるじが尻もちをついて、すわりこんでいる。 「おい。どうした?」  話しかけるが、あるじは室内を指さすばかりだ。  その指のさきを目で追っていく。なるほど。これは素人では、声も出なくなるはずだ。  ブロンテが死んでいる。  それも、ただ死んでいるのではない。とても妙なカッコで死んでいる。  全裸なのは、まあ、よしとしよう。服をぬいで寝るクセの人間もいるだろう。  それにしても、脂肪のだぶついた体に何本もロープが巻きついている。そのロープで、天井の梁から中途半端につりさげられていた。なさけない、あやつり人形だ。  首にもロープがからんでる。だが、そのせいで死んだのかどうかは定かでない。というのも、左胸にはナイフが突き刺さっていたからだ。出血があまりないのは、刃が見えないほど深く刺さった凶器がフタになったからだろう。  ワレスが死体を見なれている。しかし、これほど個性的なのは、さすがに初めてだ。  圧倒されていると、背後で口笛が聞こえた。あのチンピラ風の男が、うしろに立っている。 「こりゃまた、派手にやったな」と言って、ワレスの肩をたたくのは、なんだというのか?  ワレスは男を無視して、あるじをふりかえった。 「役人を呼ぶしかないな。どう見ても手遅れだ」  あるじは腰をぬかしていた。が、何度もうなずいて、ひざをガクガクさせながら立ちあがった。  戸口のチェストの上に置かれた盆をつかんでかけだす。盆には水差しとコップがのっていた。  勝手に犯行現場のものを持ちだすのは、よくないのではないだろうか。  でも、まあ、おれには関係ない。  あまり良心的ではない市民のワレスは、犯行現場の保存にも、事件の解決にも興味がない。  宿のあるじの混乱した行動を見逃したうえ、さらにはジェイムズに対して、こう提言した。 「役人が来る前に発ってしまおう。まきこまれると面倒だ」  だが、ジェイムズは、ワレスの不誠実を補ってあまりあるほど模範的な市民である。しかも、ジェイムズ自身、役所側の人間だ。 「それはいけない。人が殺されたんだ。私たちも調べに協力しよう」 「ああ……」  この「ああ」は、ああ、納得したの意味ではない。詠嘆の「ああ」だ。 (クソ。こんなやつ、つれてくるんじゃなかった)  ワレスは頭をかかえて、後悔の声をしぼりだした。
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