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3
村の役人が来る前に、ブロンテの遺体や室内のようすを調べた。
といっても、ブロンテの持ち物にはさわってない。
洋服ダンスのなかや、ベッドの下など、人の隠れていられそうな場所を見て、不審者の有無を確認しただけだ。もちろん、室内には誰も隠れてなかった。
窓は北と東に二ヶ所。
古い建物なので、窓ガラスはなく、木製の鎧戸がついている。
どちらの窓も鎧戸がひらいている。
しかし、両方、人が出入りできるサイズではない。
小さな子どもなら通るかもしれないが、ここは二階だ。ハシゴでもなければ、窓を玄関がわりにはできない。
ひとめで犯人の遺留品とわかる物は、凶器以外にはなかった。
「しかし、念入りに殺したもんだなあ。犯人はよっぽど、この男が憎かったに違いない」と、ジェイムズがつぶやく。
まがりなりにも、ジェイムズは役人だ。凄惨な死体をうろたえもせずに観察している。
ワレスも死体は何度も見ていた。が、今さらながら、ジェイムズの前では、多少なり取り乱してみせたほうがよかったかと考えた。
「早く出よう。気味が悪い」
などと、心にもないことを言ってみる。
「ああ、うん。そうだな。こういうものに君は無縁だもんな。悪かった」
そう言って、ジェイムズは最後に、遺体の手足をかるくにぎった。
「だいぶ、かたくなってる。死んでから、かなり時間が経ってるな」
「かなりとは、どれくらい?」
「私の経験から言うと、五刻くらい。少なくとも四刻」
「死んだのは真夜中か」
変な音がずっと続いていたのは、そのせいだったのだ。
ともかく、ワレスとジェイムズは、いったんリビングルームへおりた。ほかの客といっしょに、村の役人が来るまで待った。
朝早いせいか、役人はなかなか来ない。
宿のあるじが気をきかせて、朝食を運んでくる。が、あまり食欲のある者はいなかった。ワレスとジェイムズ、チンピラの三人だけが、バタつきパン、ゆで玉子、パンプキンスープという食事にありつく。
食べているうちに、どかどかとさわがしい足音。役人の一団がやってきた。
地方によって、こういう事件をあつかう機関は異なる。
アーリン村周辺では、領主の派遣した治安部隊が、各村に駐在していた。小さな村では治安にかかわる一切合切を、兵隊が担ってる場合が多い。
「死体が見つかったというのはどこだ!」
横柄にどら声をはりあげるのが、隊長のメーファンだった。いかにも頑固で権高な騎士の出の男。えらそうなヒゲをそりかえらせている。
「私が案内しよう」と言ったのは、ジェイムズだ。
ジェイムズは自分の肩書きを述べ、一瞬でメーファンの信頼を得た。そのまま、にぎやかに二階へ部隊をひきつれていく。
ワレスはウンザリしていた。こんなことがいつまで続くのか。
だが、ほかの客からは苦情のひとつもない。見るかぎり、足止めされて困っている客はいない。みんな不安そうではあるが、あきらめているのか、おとなしい。
沈黙の数時間がすぎた。
兵隊たちの調べは、屋内から庭にまでおよんだ。しかし、めぼしいものは見つからないらしい。
やがて、ジェイムズがメーファンをつれて、リビングルームに帰ってきた。
メーファンが大仰な前口上を述べる。
「きさまたちは重大な事件の証人となった。昨夜のてんまつについて質問する。正直に答えるように」
まず最初に一人ずつ、名前と住所を告げさせられた。
このとき、ワレスは関係者の名前を初めて知った。
宿のあるじは、ショーン。妻と数人の下働きとともに、宿を経営している。
病弱な青年は、ティモシー。
初老の夫婦が、サウディと妻のメル。
一人旅の女は、ティルダ。
老人が、ジョナサン。
ヤクザ風の男は、オーベルだ。
カースティだけは、昨夜、すでに聞いている。
「死体を発見したのは、あるじだったな。おまえの話から聞こう」と、メーファンがショーンを指名する。
ショーンは恐縮して立ちあがった。
「はい……と、おっしゃられても、朝になりましたのでようすを見に参りましたら、あの始末で。私には何がなんだか……」
「朝、起こすようにとでも言われてたのか?」
「ブロンテさまは昨夜、ずいぶん酔っておいででした。ぐあいが気になったものですから」
ショーンの語る死体発見の現場については、すでに、ワレスも知ってる内容ばかりだ。新事実は得られない。
「なんで、そんなに酔っていたんだ?」
「おつれが来られないせいです。お食事前から飲んでおられたので。みなさまより早く夕食を切りあげ、客室に帰られたときには泥酔状態でした」
「ふうむ。つれの名は?」
「ヒューゴ・ラスさまです」
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