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すると、メーファンは兵隊を一人、呼びよせた。なにやら耳打ちしている。荷物とか、手紙とかいう単語がもれ聞こえた。
ブロンテがラスからの手紙を持っていたのかもしれない。
「ふむ。で、殺された男が客室に帰ったのが、何時ごろだったのだ?」
「このとおり、時計を置くほど気のきいた宿ではございません。はっきりとはわかりません」
時計が自宅にあるのは、貴族か、そうとうの金持ちだけだ。時計は高価なもので、広く一般には出まわっていない。
「おおよそでいいのだ。犯行が起こったときの、各人の行動を時系列でまとめるための、まあ、便宜だ」
あかぬけない田舎の兵隊長の口から、時系列なんて言葉がとびだしたので、ワレスは微笑した。
皇都の役人のジェイムズに、できるところを見せようと、むりしているのかもしれない。
「それでしたら、闇の三刻ばかりではなかったかと思います」
「ふむ。被害者は三刻には自室へ入る、と。書記、ちゃんと書いておけよ」
部下にメモをとらせ、メーファンの調べは続く。
「そのとき、一階には全員がそろっていたか?」
「お客さまは全員、おいででした。まだ、お食事中でしたので。宿の者は、わたしと小間使いのシャルロットが、ここと厨房を往復しながら給仕していました。下男は裏方に徹しておりますので、その時分は厨房で料理の追加を作っていました。家内は病気でふせっておりまして、お客さまの前には、いっさい顔をだしておりません」
「宿の人間は四人だけか?」
「はい。先月、女中が一人、辞めてしまいましたので。人手不足でして」
「では、その後、どういう順番で客は部屋に入ったのだ? それは何時ごろだった?」
「お食事はみなさま、同じくらいに終えられました。そうですね。ブロンテさまが部屋に帰られてから、一刻のちでしょうか。どなたからと、はっきりはおぼえておりません。お一人が席を立つと、つられるように、ほとんどが二階へ向かわれたように思います」
そこまでは、ショーンの記憶どおりだった。誰か異論はないかと問われたものの、あえて語るほどのことは誰にもない。
「闇四刻に全員、退室——と。そのあと、部屋から出た者はないのか?」
はい、出ましたと名乗りでる者はいない。
しかし、どうせ、いつかはバレる。変に怪しまれても困るので、ここで、ワレスは自発的に手をあげた。
「おれは出た。眠れなかったので、本を借りるために一階におりた。そのとき、何人かと会い、話をした」
兵隊長は食いついてきた。
「おまえは、ティンバー次期子爵と同室の友人か」
ジェイムズの友人だから、信用できると思ったようだ。
「それは何時ごろ?」と、バカのひとつおぼえのようにくりかえす。
「いったん、部屋にさがってから、半刻は経ってたかな。ジェイムズは早々に寝てしまったので、一人で、ろうかに出た」と、昨夜の行動を述べる。
ドアをあけてすぐ、ショーンが向かいの部屋から出てきたこと。灯をもらい、部屋に帰るとき、階段でオーベルに会ったこと。さらに階段をあがったところで、ティモシーと話したこと。
「部屋に帰って本を読んでいたのは、さらに半刻ほどかな。そのあいだは静かだった。そういえば、そのとき、誰かが一度、ろうかを歩いたようだった。おれはオーベルが部屋に帰ったんだろうと考えたが」
メーファンは興奮した。
「待て。待て。これは重大だぞ。向かいの部屋というと、被害者の部屋だ。おい、あるじ。おまえはなんの用で、夜中に客の部屋へ行った?」
居丈高に詰問する。
が、ショーンの答えは、あっけないほど明快だ。
「さきほども申しましたが、ブロンテさまは泥酔されていました。心配しまして、酔いざましの水を運びました。その日の片付けが、ちょうど終わったところでしたし。部屋に帰って帳簿をつける前に、ごようすを見ておこうと思いまして」
なるほど。今朝がた、ショーンがブロンテの部屋から持ち去った水差しは、このときの酔いざましだったのだ。
「ううむ。そうか」
ショーンの気遣いを叱責するわけにもいかず、メーファンは無念そうにうなった。
「では、聞く。これは重大だぞ。そのとき、部屋のなかの男はまだ生きていたのか?」
「ここに水をおいておきますと声をかけましたら、返事をなさいました」
「闇四刻半には生きていた、と。そのあとはどうだ?」
「さあ。私は一階の寝室で帳簿をつけたあと、そのまま寝ましたから。もちろん、妻もいっしょです。下男や小間使いも、私より一足さきに休ませております。私どもの部屋はかたまっておりますから、誰かが起きだしたなら、気がついたと思います」
「宿の者の話は、あとでまとめて聞く。ここからが本番だな。殺人はこのあと起こった。死体の状態から言っても時間があう。よし、次は、おまえの話を聞こう」
メーファンは、オーベルを指さした。
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