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https://kakuyomu.jp/users/kaoru-todo/news/16816927859340201555挿絵  招かれざる客の来訪は、誰だって好まない。  その客がやっかいな招待状をたずさえていれば、なおのこと。  本来なら、なぐってでも追いかえしたいところだが、ワレスのもとにその客が来たとき、そこは自宅ではなかった。  愛人のジョスリーヌのベッドで、気持ちよく遅寝をきめこんでいた昼すぎ。  とつぜん、やってきたのは、学生時代の友人、ジェイムズ・ティンバー次期子爵だ。  ひとつき前。  ちょっとした事件のかかわりで、役人になったジェイムズと数年ぶりに再会した。  そのさい、二度と会うつもりはないと宣言してやったのに、彼のほうでは、そのあとずっと、ワレスを探していたのだ。  もっとも、ジェイムズにしてみれば、みなしごの友人が里親のもとをとびだして、何年も消息不明になっていたのだ。心配するのもムリはない。 「無礼を承知で参りました。ひらにお許しを。侯爵閣下」と、ジェイムズは寝室の入口にひざをついて言う。  もちろん、侯爵はジョスリーヌだ。ラ・ベル侯爵家の一人娘。婿養子の夫亡きあと、みずから爵位を継いで、女侯爵になっている。年下の美青年を誘惑するのが趣味という、金も時間も権力も持てあました貴婦人だ。きまじめなジェイムズを寝室に呼び入れて、悦に入っている。  ここはおれの家だ。さっさと出ていけと言えない自分の立場を、ワレスは心底、うらめしく思った。 「なにしに来たんだ。こんりんざい、会いたくないと言ったろう?」  しかたなくベッドから起きだして、寝乱れた髪をかきあげる。  ジェイムズの顔が赤いのは、ワレスもジョスリーヌも裸だからだろう。ジゴロのワレスとしては、いつもどおりの朝のスタイルなのだが。  それでも、ジェイムズはマジメな顔をくずさない。 「そうは言われても、ほっとけるわけがない。ともかく、君が皇都にいるとわかったから、方々、手をつくしたんだぞ」  正直、ジェイムズがここまでやるとは思ってなかった。 「よく見つけられたな」 「それは……この前、君の身なりがよかったから……」  貴族でもない。官職もない。  そんなワレスがそれなりの格好をしてたので、どうやら、貴婦人のまわりをうろつく、浮ついた職業の男とふんだらしい。  遊び好きな貴婦人のウワサを聞き集めていったわけだ。  学生時代は、人がいいだけのおぼっちゃまだったが、いちおう役人になっただけはある。まったくのトンマではなかったのだ。 「ふん。お察しのとおり、女に食わせてもらってるよ。わかったら帰れ」  事実をつきつけると、一瞬、ひるんだ。が、それでも帰ろうとはしない。 「その話はあとでゆっくりしよう。先日も言ったが、君の再仕官の口くらい、私が世話する」 「ふざけるな。おれにその気があれば、とっくに、ジョスに頼んでる。コネなら、あんたより、ジョスのほうがよっぽど広いんだからな」  つかのま、ジェイムズは傷ついた顔をした。  そののち、おもむろに、ふところに手を入れる。ハンカチでも投げつけて(外国では手袋だそうだが)、決闘でも申しこむつもりかと思った。  だが、ジェイムズはハンカチのかわりに、一通の封筒をとりだした。 「アウティグル伯爵からあずかった。私が君をさがしていると知り、ぜひ、君に渡してほしいとのことだ」  アウティグル伯爵は、学生時代の里親だ。  ワレスをひきとり、めんどうを見てくれた恩人。みなしごのワレスが、基本的に貴族の子弟しか入れない帝立学校へ入学できたのは、伯爵のおかげだ。  ひねくれ者のワレスだが、今でも伯爵は嫌いではない。いや、むしろ、好きだったからこそ、伯爵のもとにいられなくなった。  あんな形で、ワレスがいなくなれば、伯爵が案ずるのはわかっていた。  でも、いまさら、伯爵にあわせる顔はない。  それは、ワレスが今現在、ジゴロなんて自堕落な商売をしているせいではない。もっと深い理由がある。 「それは……受けとれない。伯爵には、おまえから伝えておいてくれ。おれのことは忘れてほしいと」  ジェイムズはため息をついて、いったん封筒をおさめた。そして、今度は別の封筒をとりだす。いったい、何通、手紙を持ってるんだろう? 「伯爵は君がそう言うのではないかとおっしゃっていた。そのときには、これを渡してほしいとことづかっている。君がいなくなったあと、伯爵家に届いたのだそうだ」  それが問題の招待状だ。  正確には、ワレスの訪問をこいねがう手紙。  五年前に送られた手紙の差出人の名は、ワレスをぼうぜんとさせた。  思いがけないほど、遠い過去からの呼び声だった。どんな形にしろ、今のワレスにつながる、もっとも古い過去。  ワレスの生まれた国、ユイラ皇帝国は多神教国家だ。皇族の祖先といわれるユイラ神を主神とする十二の神々を、国民は信仰している。  十二神をたたえる神殿は各地にある。  そのひとつ、月の神レイグラの神殿で、ワレスは神官見習いをしていた。八歳から十二歳までだ。べつに神官になりたかったわけじゃない。人さらいに追われて逃げこんだのが、そこだった。  手紙のぬしは、そのころ、ワレスと同じ神官見習いだった少年、アルシスだ。アルシスは見習いから正式に神官となったらしい。手紙の蝋封(ろうふう)の紋章が、レイグラ神殿の月の形をしている。 (かわいそうに。けっきょく、逃げだせなかったんだな。アルシス)  子どものころ、自分をとじこめていた牢獄を思いだし、ワレスは暗鬱(あんうつ)な気分になった。  手紙はすててしまってもよかった。  だが、かつて同じ苦しみを共有したアルシスからのものだと思えば、無下にもできない。  封をひらけば、見おぼえのある、アルシスの几帳面な文字。  文面を読んで、ワレスは少なからず、ショックをおぼえた。だが、それでいて、心のどこかでは予期していたように思う。  彼——が、短命であることは承知していた。 (そうか。死んだのか)  神殿長のマイルーザの死亡を知らせる手紙だった。  ついては、ワレスに遺された遺産があるので、神殿に来てほしいという。  読みおえても、ワレスは黙りこんでいた。  ジョスリーヌが興味しんしんでたずねてくる。 「なんなのよ? ワレス。深刻な顔して。悪い知らせなの?」  のぞきこもうとするので、ワレスは手紙をにぎりつぶした。
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