蝉の声

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 ―ぼこり、ぼこり、こぽこぽ―    水面に浮き上がる気泡。出来ては、消え、出来ては、消え、を繰り返している。  それはずっと見ていても飽きない。  その泡の周囲を、金糸のような髪がふわり、ふわりと舞うのを、私はうっとりとして眺めた。  緑と青を混ぜたガラス細工のような鱗が虹色の光を反射して、キラキラと輝いている。そして、水面を叩き、飛沫を上げる尾の半透明の美しさ。  「真由、行くよー」  階段の近くで裕子が呼んでいる。    「ごめん、ごめん」  そう言って、私は彼女の隣りに並ぶと、地下への階段を降り始める。周囲の人は皆一様に黒いコートを着込んでいて、まるで葬列の中に紛れ込んだみたいだ。  「真由はほんとにあの水槽好きだよね」  あの水槽、とは、自分がさっきまで見つめていた「人魚姫」が閉じ込められたガラスケースのことだ。  「だって、キレイだもん。ずっと見てられるよ」  「でもさ、かわいそうじゃない?あんな狭い所でしか泳げないのって」  そう言われると心が痛む。しかし、美しいと思う感情は偽れない。  振り向くと、彼女がわずか4メートル四方の水槽の中、優雅に泳いでいる姿が見える。底から噴き出す泡の周りを、尾鰭を翻してくるくると泳ぐその姿はまるで演舞のようでもあった。  観賞用に作られたキメラ。その美しい動物が収められた水槽は、地下街通路の中心部に位置している。広場のようになっているそこは待ち合わせスポットとして利用されることが多い。  そこから自分たちは階段を下りた先の、地下鉄の2番線ホームに向かった。  私たちはこれから、地下鉄に乗って、「未来」への旅に出るのだ。
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