亡き王女のための夜光祭

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 鬱蒼と木々が生い茂る深い深い森の奥。  エルフですら決して足を踏み入れる事の無い、闇に閉ざされた黒の森の静寂を、ただ一つ著しく損ねるモノがあった。  巨人族の腹回りよりも太い大木を次々となぎ倒し、地鳴りを上げて疾走する四ツ足の“異形”。  それは、肥え太った家畜のようなブヨブヨの体躯に老いた狼のようにくたびれた銀色の毛を生やした醜い怪物で、背中に生えためんどりの翼をばたばたと不格好に羽ばたかせながらも、その巨躯故か舞い上がる事も出来ずに、一心不乱に森の奥へ奥へと分け入っていく。  明らかにこの世の存在ではないおぞましい怪物の背には、その醜悪極まる外見にはそぐわない美しい一振りの剣が深々と突き刺さっていた。  この怪物が駆ける度に、飛び跳ねる度に、まるで意思を持つかの如く深く食い込んでいくその細身の剣の傷からは、魚の臓腑のような汚臭を放つドス黒く濁った血が周囲に撒き散らされ、不幸にも浴びてしまった草木をぐずぐずに腐らせていく。  鞭打たれた豚のようなくぐもった悲鳴を上げながら逃げ惑うその汚物を、遥か彼方からじっと“見つめる”男がいた。  汚れた麻のローブを身に纏い、目深に被ったフードで顔は窺い知れない。  背中には一振りの剣を背負っているが、怪物の背に突き立てられたものとは別の得物だ。  怪物とは既に直線距離にして1リーグ(約4.2km)ほど離れ、間には人類史の始まりから残る原初の大木が立ち並んでいる。  しかし、それでも、男には間違いなく“彼女”の姿が“視えていた”。 『ねぇ、あの! ちょっと! 逃げられちゃうよ、いいの!? ねぇ!』  彼方に木々が倒される音が微かに聴こえる以外は元の暗い静寂を取り戻していた池のほとりに一人佇んでいたその男は、不意に耳元で発した姦しい声に、眠るように閉じていた目を開いた。  男は目深に被ったローブの下の燃えるような紅い瞳をちらと横に向けると、小さくため息をつく。  そのため息は、彼の肩に座って羽を休める小さな妖精へと向けられたものだった。 「なんだ、いつもみたいにとっくに逃げたものかと。まだいたのか」 『逃げたとも、逃げたとも。そして終わった頃にしれっと戻ってくる。いつもみたいにね』  「しれっと」と、自分でぬけぬけと言ってのけた悪戯好きの妖精に肩を竦めつつ、男は小さく呟いた。 「まだ終わってない」
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