亡き王女のための夜光祭

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 中空にあった月が西の海に傾きかけ、遥か東の彼方の空が僅かに白む頃、今年の夜光祭もつつがなく終わりを迎え、街は束の間の眠りについていた。  漁師たちは翌日からの穏やかな海に出る為に船の準備に余念が無く、飲み足りない酔っ払い達はまだ開いている酒場を探して辺りを徘徊している。  夜光祭の日は翌朝まで開いているはずの美人姉妹が営む酒場が今日に限って早々に店じまいした為、男達は途方に暮れていた。  酔っ払い達に気づかれないように店の二階にある自室の灯りを一つも付けず、この店の店主は最後の妹を抱き締めながら、窓から見える月に向けて祈っていた。  アイは無謀にも友人に代わり城へ行った次女と、次女を救いに城へ乗り込んでいった旅の青年の帰りを待つ。  祭で遊び疲れて寝息をかいている妹の頭を膝の上に乗せ、ひたすらに神に祈りを捧げていたアイは、その時、窓の外がにわかに騒がしくなるのを聞いた。  酔っ払い達の喧嘩の声かと思ったが、どうにも様子がおかしい。 「見ろ! 城が!」  呂律の回らない男達の中に、まだ酔い足りない者がいたようだった。  はっきりと聞こえた「城」という言葉に、アイは思わず部屋の窓から身体を乗り出した。 「あっ!」  窓の下の街路では、男達が自らの目を信じられず必死に目を擦ったり、頬をつねりあっている。  見間違いでも幻覚でもない。  アイは街外れの海際に聳える城郭が、大きく傾くのを確かに見た。  閃光、そして轟音。  幾つもの光や音が薄暗闇を切り裂き、その度に城のあちこちで土煙が噴き上がって傾いていく。  妹(マイ)の命だけではない、街や、それよりももっと大きな何かの運命がかかった重大な事態が目の前で発生している事を、アイは確信した。 「マイ……! ラシヴェルさん……!」  身勝手な願いのせいだろうか。  自分の妹の命だけでも助かれば良いと願った罰だろうか。  悲嘆に暮れるアイの見る前で、城のバルコニーに二度、雷が落ちた。
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