亡き王女のための夜光祭

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 僅かに白み始めた東の空を背景に、大きく傾いた城のバルコニーに二つの影が降り立つ。  宮廷魔術師ラシヴェルと、吸血鬼となった“人間大の(ちいさな)”巨人リューナ。 『さすが王国が誇った宮廷魔術師。わたしたちの耳でさえ聞き取れない高音高速詠唱は健在ですか』 「……詠唱に割り込まれて自分の上に雷を落とされたのでは、貴女の魔術の師として格好がつかない」  二度の雷撃を受けてなお傷らしい傷を負っていないリューナは、肩で息をするラシヴェルを見て賞賛の声を上げた。  ラシヴェルはその手に抱えた最後の生贄マイを石柱の陰にそっと寝かせながら、リューナを睨んだ。  城ごと生き埋めを狙った【対要塞大型地中貫通魔砲“バンカーバスター”】も決定打にならず、リューナは遂に地下聖堂から地上に姿を現した。  魔術砲撃の直撃を受けて崩落しかけている城の広いバルコニーにて向かい合い、ラシヴェルは次の一手を考える。 『ラシヴェル、大丈夫……?』  フードの中からリンクルが顔を出し、手ぬぐいでラシヴェルの頬を伝う汗を拭う。  「問題無い」とラシヴェルは即答した。  が、神話の怪物と同等の力を持つリューナを前にして、策は尽きかけている。 「もし俺が死んだら……」 『ボクは逃げないからね!』 「何を言ってる? 死ぬ時は一緒だ」 『……! うん!』  リューナは特に反応する事も無くラシヴェルとリンクルのやりとりを眺めていたが、ラシヴェルと再び向かい合うに至って、機嫌が悪そうに首を傾げた。  憮然とした容子で『気に入らないですね』と吐き捨てたリューナは、リンクルに冷たい視線を送る。 『あなたですよ、あなた。何なんですか? さっきからラシヴェルの周りをプンプンと……』 『え……ボク?』  吸血鬼の凶暴な紅い視線が向いている事に気付き、妖精はぎょっと自分を指差した。  ラシヴェルの頭の後ろに隠れようとする行動も、リューナの気に障ったようだった。 「ああ、姫。そうですね、あなたには一度きちんと紹介したかった。リンクル。命の恩人で、友人で……」 『どうでもいい。“わたし”、あなたのこと嫌いです』  ラシヴェルの言葉をぴしゃりと遮り、リューナは槍を構える。  来る、とラシヴェルが身構えるのと、目の前のリューナが影のように姿を消すのは同時だった。  抑揚の無い声が背後から響く。  ラシヴェルは全く反応出来なかった。
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