亡き王女のための夜光祭

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「…………リューナ……?」  胸を貫く寸前で止まったエッケザックスの穂先、縛られたように動けない吸血鬼リューナ。  不可思議な現象を前にして、ラシヴェルは自らも知らずにその名を呟いていた。  それは決して、モルガンによって闇の眷族と化し、今やその制御すら外れて血に餓えた復讐者となったリューナを指してのものではなかった。  夢でも見ているのだろうか。  リンクルの死を目の当たりにして気が触れたのか。  ラシヴェルは今、確かに“リューナ”を見ていた。  巨人の槍を操る殺戮の姫リューナではなく、あの頃の、王国がまだ平和であった頃の優しく美しいリューナを。  一面の麦畑のような美しい黄金色の髪と、空のように澄み渡った蒼い瞳の美姫リューナ。  怪物には、その姿が見えていないようだ。  自らの槍が受け止められた事実に驚愕し、動かない身体を魔術師の罠と思い込んで何事か喚いている。  死を前にした幻覚にしてははっきりとし過ぎていた。  ラシヴェルの胸目掛けて繰り出した槍を掴み、強い意志を感じる蒼い瞳で、少しだけ悲しそうにリューナは怪物を見る。  ラシヴェルの視線に気付いたのか、リューナは柔らかく微笑むと、その白く細い手を怪物の顔にそっと充てがった。  次の瞬間、目の前の怪物が突然口を抑えて苦しみ始めた。  ぶすぶすと口元が焼けただれ、吸血鬼の治癒力が発揮されているものの、修復が追いつかない。 『あ、熱い! 熱い!!』  思わず叫んだリューナの口から、ぶすぶすと黒い煙が上がった。  無敵の怪物らしからぬ苦しみ方。まるで日光に当てられた吸血鬼のような……  唖然とするラシヴェルに、リューナが憎悪にまみれた紅い目を向ける。 『ラシヴェル! 貴様……わたしたちに……わたしたちに“何を飲ませたのですかッ!”』 「飲……む……だって?」  何を言うのか。  俺を最初の食事にすると自分で……  その時、ラシヴェルの視線は自然と、自らが手に乗せた血塗れの亡骸へと注がれる。  違う。  リューナはもう、それを口に入れている。  “卑賤の者”と愚弄しながら、ラシヴェルにとって最も尊い者の血を、手ずから殺めたリンクルの血を、リューナは確かに、舐めている。 「リンクル…………リュー……ナ……?」  パズルのピースが組み上がっていくように、リンクルの姿と、目前のリューナの幻影が重なっていく。
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