亡き王女のための夜光祭

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 十年前、エッケザックスの裁きによって死ぬはずだった自分を救った偶然。  偶然にも魔界へ落ちたのは、召喚魔術を多用したマグダレーナが空間のあちこちに裂け目を作っていたからだと思っていた。  いったい誰が、その裂け目を拡げラシヴェルをそこへ押し込んだのか。  本来なら人前に姿を見せるはずが無い妖精が、なぜ突然魔界に転がり込んできたラシヴェルの世話を甲斐甲斐しく焼いたのか。  ワイルドハントから逃れ、川に落ちた時、必死に自分を探すリンクルの声に、ラシヴェルは確かに別の誰かを重ねていた。それは誰だったか。  あの濁流の中、気を失っていたラシヴェルはどうやって、いや誰の助けで海まで無事に辿り着いたのか。  百を超える子供達の怨嗟に魂を汚染され、世界への呪詛を吐いたリューナに対してまるで別人のように激昂したリンクルの言動。  リューナはエッケザックスの使用直後、魂の半分が欠けた事により生命活動を停止していたという。  半分はどこに消えたのか……? 「ずっと…………」  手のひらの上のリンクルと、リューナの幻。  二つを交互に見ながら、ラシヴェルは呟いた。  目から涙が溢れ出し、ただでさえ朧げな幻覚が更にぼやけて見えてしまう。 「ずっと、俺たちを見守ってくれていたのか……?」  日の光のような優しい笑みは、リューナの記憶と身体を借りた怪物の浮かべるそれとは似ても似つかないもの。  リューナは魔術師に希望を託し、魂を分割して自らの機能を停止しモルガンの野望を十年に渡り遅滞させると同時に、魔界の妖精に残りの半分の魂を宿らせ、ラシヴェルとリンクルの冒険を見守り続けたのだ。  そして今、リンクルの血液を介してリューナの魂は自らの肉体への帰還を試みている。 『熱い熱い熱い熱い! い、今さら、今さら返せと言うのですか! リューナぁ!』  常人の魂など一蹴するリューナの強靭な魂の侵入は、吸血鬼の身体に拒絶反応という形で現れた。  焼け爛れた喉を掻き毟り、リューナは激痛にもがく。  彼女の手から離れたエッケザックスがずしんと地響きを立てて地面に落ちたのを見て取り、ラシヴェルはリンクルをそっと地面に寝かせ、最後の力を振り絞って立ち上がった。  その両の手はリンクルの血でぬらりと濡れている。  ラシヴェルの目は苦しみ悶えるリューナの左胸に空いた孔、心臓を摘出した際の裂け目へと注がれていた。
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