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寄せて返す波打ち際に、ラシヴェルはリューナをそっと横たえた。
波に揉まれ、塩水が焼け痕に滲みるのか、リューナは僅かに顔をしかめる。
リューナはラシヴェルに礼を言うと、首を回していよいよ陽が上ろうとしている水平線を見やった。
沖合に浮かぶ薄雲が朝焼けに照らされ、二人の顔を赤く染める。
『ああ…………』
リューナにも見えるのだろうか。
彼女は、水平線に顔を出した朝日に感嘆の息を漏らした。
東の空から差し込んだ陽の光が、まだ藍色だった西の空までもあまねく照らし出す。
一日の始まりを教える優しくも力強い、生命力に溢れた強い光。
その美しさに、ラシヴェルも目を奪われる。
『きれい……』
リューナが静かに呟いた。
余りの美しさに奪われていた目をラシヴェルがはっとリューナに戻した時、彼女の姿はもうそこには無かった。
吸血鬼が背負う運命。
リューナは陽の光を浴びて、灰となった。
その灰は打ち寄せた波がさらい、彼女の魂と共に無数の光となって海へ溶けていく。
もう戦に出る必要も無い。
オリハルコンの鎧と不死鳥のマントを残し、リューナは母なる海へ還っていったのだ。
神代の肉体を持って生まれ、神から最も愛されながらもその愛情のすべてを民の為に注いだ姫は、最期の時も、その肉体と魂の一片に至るまでを民の為に捧げた。
半分ほど顔を出した日の光に照らされた海は、幾分かその青さを増したように見えた。
それはちょうど、生前のリューナの瞳の色のようだった。
風が凪ぎ、白波が立つほど荒れた海面はいつの間にか穏やかさを取り戻していた。
ちょうどその時、水平線の向こうから、小さな船影が顔を出す。
今日が夜光祭の翌日である事を知っている貿易船だろう。
“毎年”この日になるとこの海が微笑む事を知っている彼等は、“いつものように”穏やかになったポート・テオドリックの湾に入ってくる。
記念すべき一隻目の船の入港に沸く住民達は、今年もまた亡き王女の為の夜光祭が滞り無く終わったのだと知り、次の一年の安寧を喜びあった。
浜辺に立ちつくす魔術師は、まだ知らない。
リューナの魂と共に海へと溶けていった光の中から、二つの輝きが抜け出ていた事を。
王女の愛情は海よりも深く、世界もまた、彼が思うほど残酷には出来ていないという事を。
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