亡き王女のための夜光祭

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「――――と、魔法使いは手を滑らせて王女様の魂を海へ落としてしまいました。『ああ、しまった!』魔法使いは腰まで浸かって魂を探しましたが、みつかりません。その日から、ポート・テオドリックの海はそれまでの荒れ模様から打って変わり、王女様のように優しく穏やかな海になりましたとさ」  めでたしめでたし。で締めくくる声に、子供達のため息が重なる。  それは、良い話を聞いたという感嘆のため息ではなく、耳にタコが出来るほど聞かされた昔話にうんざりして吐いたため息だった。  開店前の酒場、船乗り達が大挙して乗り込んでくるには少し早い夕暮れ時に、店内の一番奥の卓に座っていた男の周りに集まっていた子供達が、呆れ顔で散っていく。 「あーあ! やっぱりマヌケな魔法使いの話かよ!」 「おっちゃんの話はなんで毎回そのオチなの? 魔法使い好き過ぎじゃね」 「この魔法使い、おっちゃんがモデルなんじゃねえの?」 「まさかぁ、こんなマヌケなんだぜ。俺だったら恥ずかしくって他人に言えないよ」 「えっ、そうかな……」 「そうだよ。いつも最後は王女様の魂が海に落っこちる話じゃん。どんだけアホなんだよ魔法使い」  異口同音に男が話した昔話への散々な批評を口にする子供達。  少年達にとっては、ドラゴン退治をしようとも巨人退治をしようとも、必ず最後は王女の魂を誤って海に落としてしまう魔法使いの話はさすがに飽きたという事だろう。  少年達は、「あー、期待して損した。行こうぜ!」と声を掛け合って離れていったが、一人だけ、熱心に男の拙い昔話に聴き入っていた少女がその場に残る。  途中でちゃちゃを入れる少年達と違い、少女は犬の人形をぎゅっと抱きしめながら静かに最後まで男の話を聞いていた。  「つまらなかったかな?」とおずおずと訊ねた男に、少女はふるふると顔を横に振った。 「そんなことないよ。街の皆が魚を食べられるのは王女様のおかげだってお父さんが言ってたし、王女様優しいから好き」 「そっか……」 「また話聞かせてね。今夜も楽しみにしてるから!」  少女は人形を小脇に抱えると、酒場の中を遊び場にしている子供達の輪に戻っていった。  元気に跳ね回る子供達を見ながら、「王女様のおかげ、か」と男は呟く。  その緋色の瞳は、平和を謳歌する子供達の無邪気な笑顔を優しく見守っていた。
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