亡き王女のための夜光祭

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 八年前のあの日、リューナの魂が灰と共に海に溶けて消えた日から、ポート・テオドリックの海はまるで彼女の優しさを体現するかのように穏やかな海に変わった。  城が崩壊し、生贄を捧げる相手もいなくなった。  夜光祭は本来の姿を取り戻した。  ただ純粋に、次の一年の幸せを願う催しとなった。  今日は一年に一度の夜光祭の日。  街は昼間から浮かれ、近海で取れた魚介類含めた山海の幸が振る舞われ、大人も子供も大騒ぎだ。 「ミーナ、あの子どこ行ったのかしら?」  店内を見回し、マイは近ごろ冒険好きに拍車が掛かった妹の姿を探す。  「二階に上がって行ったようだが」とラシヴェルが答えた時、その二階に続くドアが勢い良く開いた。 「なんでだよ!? アイ姉、ラシヴェルに会いたくねーの!? ほら!」 「だ、だ、ダメよ、お願いミーナ! いきなりなんてそんな……」  旅衣装からの着替えもそこそこに、ドアを蹴破り店の中に入ってきたミーナは、扉の向こうで必死の抵抗を見せる女性の手をぐいぐいと引っ張っている。  またか、と苦笑するマイ。  ドアから引っ張りだされたのは、店主を次妹に譲っている女主人アイだ。  化粧中に引きずり出されたのだろう。  まだ頭にヘアロールがいくつも巻き付いたままのアイが一番初めに目が合ってしまったのは、不幸な事に店の奥で苦笑いするラシヴェルだった。 「ご無沙汰してます。アイさん」 「ラ、ラ、ラシヴェルさん……」  見る見る赤面していくアイは照れ隠しに自らの髪に触れようとして、まだ頭に付いたままのヘアロールに気付いて更にトマトのように真っ赤になった。 「えっ、アイ姉どうしたの!? 真っ赤だよ!?」 「だ、だからダメだって言ったのにぃぃ……!」 「ええっ、ちょっと待ってよアイ姉!」  アイは真っ赤になった顔を両手で抑えて、ミーナの制止を振り切って二階に駆け上がって行った。 「全くしょうがないな」  姉を追い掛けたミーナもいなくなった店内で、マイはカウンターの向こうでシチューの面倒を見ながら困ったように笑う。  今晩の夜光祭で振る舞われる名物の羊肉のシチューの下拵えに余念が無いマイの背中を見て、ラシヴェルは窓の外に目をやった。  西に沈む夕日が、街を茜色に染めている。  日没が祭の始まりの合図。  夜光祭の始まりは近い。
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