亡き王女のための夜光祭

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「あの時ね……」  玉ねぎとじゃがいもが煮えるのを待つ間、カウンターの席に座っていたマイが口を開いた。  子供達は酒場の外に遊びに行き、姉と妹は二階で着替え中。  二人だけになり、夕日に染まる酒場の中にはつかの間の静寂が訪れている。 「崩れたお城の上で目が覚める前にね、私、夢を見たのよ」 「え……?」 「水の中みたいにふわふわして、そのまま溶けていきそうな感じだった。周りのたくさんの光に混じって、私もこのまま沈んでいくのかなって」  あの日、マイは魂をリューナに移植された。  だがリューナが海に消えた直後、彼女は目を覚まし、無事に二人の姉妹の許に帰る事が出来た。  ラシヴェルは、これをリューナの優しさが起こした奇跡だと考えている。 「そしたらね、誰かの声が聞こえたわ……初めて聞く声だった」 「声……」 「うん……“ごめんなさい”って。“長生きして、恋をしてね”って。そしたら急に身体が軽くなって……気がついたら私、お城の上だった。あれ、リューナ姫だったのかな」 「それは……」  わからない、とラシヴェルは言った。  だがきっと、それはリューナなのだろう。  犠牲になった子供達の魂を抱いて海へ還っていくリューナは、まだ生きる事の出来たマイを連れて行く事はせず、彼女を二人の愛する姉妹の許に返した。  彼女は生前からいくつもの奇跡を起こしたが、最期に起こした奇跡は、それまでの何よりも優しい奇跡だった。 「……恋か」  ラシヴェルは夕焼けに染まる窓の外を見つめて呟いた。  それはきっとリューナの願いでもあったのだろう。  恋さえ知らず、彼女は逝った。  もしかするとリューナは、自分が叶わなかった夢の続きを、まだ救う事の出来た命に託したのではないか。 「……ラシヴェルさんは、したことある?」 「うん?」  気がつくと、カウンター席に座っていたマイは、ラシヴェルの席の横に立っていた。  何を、と聞くより前に、夕焼けに朱色に染まった顔のマイは口を開く。 「恋だよ、恋。どうなの……?」  そう囁き、ラシヴェルが是とも非とも言う前にマイの顔が近づいてくる。  突然の事に圧され気味のラシヴェルの口に、その唇が触れる寸前だった。 『はーい、ごめんなすって! あん』  耳元で唐突に声が発し、気づいた時には、マイの唇は割って入った小さな妖精の尻に吸い込まれていた。
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