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夜光虫は幸福を呼ぶ。
この街に住む全ての人々が、すぐ傍らの誰かの幸福を互いに願い合う。
それはラシヴェルの願いでもあり、リューナの祈りでもあった。
君は幸福か?
海にとけたリューナに向けて、ラシヴェルは問う。
聞くまでもないか。
いつにも増して強く輝く夜光虫がその答えだ。
その時、鏡面のようだった海に突然大きな波が立ち、住民達が更に大きな歓声を上げる。
海面から飛び出した巨影に、リンクルが喜び飛び跳ねた。
『クジラたち!』
夜光虫を食べに来たのだろう。
一頭や二頭ではない。
深海に棲むクジラたちが湾の中まで入り込み、何度も何度も跳び跳ねては、夜光虫にまみれて青白く光る全身を街の人々に披露する。
大自然の雄大な奇跡に、ラシヴェルもしばし目を奪われていた。
「きれいだ……」
優しい海に夜光虫が輝き、おなかを空かせたクジラ達がそれを食べる。
夜光虫の光によって翌日からの安寧な海を約束された人々は、何の心配事もなく穏やかな眠りにつく。
当たり前の幸せだとしても、民のその当たり前の幸せを何よりも願っていた王女の魂は、未来永劫に渡りこの海と街を守るだろう。
その忌むべき名はいつの間にか、街の平和を象徴する祭りの名前となった。
年に一度、魔術師が呼び寄せた夜光虫で輝く海に次の一年の幸福を願う。
その神聖なる祭りの晩を、人々はこう呼んだ。
亡き王女の為の夜光祭、と。
了
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