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「先月、地元で拾いまして。ちょうど近くまで伺う用事があったものですから、直接と思ったのですが、予想外に時間がかかってしまいました。念のため中をあらためていただけると」  差し出された財布をこわごわと受け取った。  財布は記憶にあるより随分と薄汚れていた。裏と表には巨大なクリップで挟んだような線状の跡が二筋、くっきりと残っていた。  中のカード類は記憶にあるままだった。どのみち失くした時点ですぐに止めたので実害は無いし、返ってきたところで意味はない。現金は小銭がいくらかと、濡れてよれよれになった福沢諭吉と野口英世がうろんな瞳でこちらを見ていた。すでに無くしたものと思えば、ちょっとした臨時収入の気分だ。 「わざわざどうも」と、ぎこちなく頭を下げる。  彼女もまた腰を折った。  正直に言って、不気味だった。  北海道で見つけた財布をわざわざ東京くんだりまで届けに来る意味が分からなかった。中身のことで揉める可能性だってあった。さっさと警察まで持っていけば面倒もなく済む話だろう。  にじみ出る警戒心に、彼女は微かに俯いた。 「それじゃあ、私はこれで」  そう言って、横を通り過ぎていこうとする。 「あの」  寂しげな後ろ姿に、思わず声をかけていた。 「良かったら、上がって行きませんか。だいぶ濡れているようですし」     
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