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 こんな美女がわざわざ北の島から東京くんだりまで財布を届けにやってきて、ぜひここに置いてくれなどという。  そんな出来事が事実、起こりうるのだろうか。  先人は言った。考えうることは全て起こりうる。ありえないということはありえない。  しかし、それを素直に信じられるほど、純真無垢でいられる歳でもない。  しかし、とも思う。  三十路を過ぎたしがない契約社員の身、恋人もなく、養うべき家族もなく、少しの友人とたまに酒を飲んで、愚痴を言い合い、くだを巻き、独りで生きて、独りで死ぬ。  この人生のどこかに、何か守るべきものがあるだろうか。  視線を伏せて待つ彼女に尋ねる。 「何か重大な問題を抱えてはいないか」 「何も持たない、ということ以外には何も」 「莫大な財産や、あるいは借金がないか」 「今、手持ちの物以外には何も持たず、また人から借りているものもありません」 「誰かに追われているということは」 「故郷の友人が私を訪ねることはあっても、他に私を探す人は誰も」  淀みない瞳で彼女は言い切った。  語った言葉の全てが真実とは限らないが、それを嘘だと思いたくない自分がいる。ならば答えは決まったようなものだ。  最後にひとつ、重要なことがある。 「俺には下心があるが、それでも構わないだろうか」     
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