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あちらを替えればこちらが切れる。いい加減、大家に連絡するのも面倒だ。さっさとLEDに替えればいいものを。
「あの」
隣り近所十件先まで響きそうな、男の野太い悲鳴が木霊した。
もちろん、自分の声だ。
頭上にばかり気を取られて、廊下の暗がりに佇む人影に気付いていなかった。
廊下には女性が立っていた。
より正しくは、女性らしき誰かだ。
頭のてっぺんからスニーカーのつま先までずぶ濡れで、顔には長い黒髪がべったりとまとわりついている。無地のTシャツにジーパンというありふれた姿だったが、濡れて張り付いた胸の膨らみだけが、彼女が女性であることをことさらに主張していた。
強張った顔と引け腰のままで目の前の人物を凝視していると、彼女は腰を折って頭を下げた。
「驚かせてしまい、申し訳ありません」
上げた顔にはさらに髪の毛が張り付いて、もはや紫色の口唇くらいしか見えない。二度目の悲鳴を飲み込めたのは奇跡に近い。
「あの。こちらを、お返ししようと思って」
と、彼女が両手を前に差し出す。
その手に握られていたのは、いつぞや失くした財布だった。
どうして今頃といぶかしむ気持ちが態度に出たのか、彼女はまた腰を折った。
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