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◇
ここはひどく空気が澄んでいる。緑豊かと言えば聞こえはいいだろうか。
そこかしこに名も知らない草木が生えて、伸びている。春なら花も咲くのだろうか。
随分と長いこと此処には来ていなかったのだ、と改めて思う。もっともっと、来なければいけなかったのに、いつの間にか時間の流れも忘れていた。自分ひとりで生きている気になっていたのだと気付いたのだった。
目の前の墓石に目をやると、自分とは苗字の違う祖父母のそれが彫られていた。母方の祖父母だから、俺がこの墓に入ることはない。それが、一抹の寂しさを与えた。
穏やかな風が時折吹いて、草木を揺らす。
父方の籍に入っているが、幼少を母の実家で過ごした。祖母が先に他界して、ほかに身寄りもなく一人で過ごしていた祖父と過ごすため、俺が生まれて少しした頃に当時住んでいたというマンションを引き払ったのだと聞いている。祖母の顔を、だから写真でしか知らない。祖父の記憶ばかりが幼い頃を埋め尽くしていた。
「よし」
掛け声とともに気合いを入れると、その場にしゃがみ込んで草むしりを始めた。
田舎のこの土地を、今はすこし誇らしく思う。都会で暮らすと、沢山のものを喪失していくことにも気付かないままに、失っていくのだ。それがこんな生えっぱなしの雑草にさえ愛着が湧きそうになる所以なのだろう。
ごめんな、と心の中で呟く。せっかく、雨風もしのげないこんな場所で立派に育ったのに。俺なんか、多少の風雨でボロボロになって、それでものうのうと生きていられるというのに。そんな思いが胸を覆っていく。
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