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――…
一本一本、丁寧に草を引き抜いていく。でも、墓の周りだけ。それ以外は大切にしておいてあげないと、これも大切な命だ。その細い体を風に揺らしながら、それでも懸命に天に向かって伸びている姿が視界に鮮やかに映る。こんなに鮮明に色を感じたのはいつぶりだろうか。仕事をしていたときは気付けば白黒の紙と文字ばかりを目で追って、パソコン画面に文字を打ち込んで。仕事以外のものの記憶はほとんど残っていなかった。
辺りを見ると、葉っぱの一枚一枚は少しずつ違う色をしていた。風が吹くと、その度揺れる微かな葉のこすれる音がさわさわと聞こえる。鳥や虫の鳴き声が、アンサンブルでもしているかのように重なり合って響いていた。
ちょっと休憩、と地面に座り込んで大きく深呼吸をすると、身体の底から浄化されているような気分になった。あぁ、ここには自然しかないけど、大地にも匂いがあるんだな。そんなことを思った。
墓石を見ながら、昔交わした祖父とのやり取りを思い出す。
「じいちゃんの半分はお前さんにやる。もう半分は、耕太が自分で見つけていけ」
「半分?」
「そうだ、じいちゃんが知ってることを耕太に話して教えられるのは半分くらいなもんだ。あとは、聞いただけじゃ分からんことが世の中にはいっぱいあるからな。自分で感じて、学んでいくんだ」
「…なんか、先生みたいなこと言うな、じいちゃん」
「学校の授業よりも、じいちゃんの話はためになるぞ」
はっはっはっ、と日に焼けてしわくちゃの顔をさらにくちゃくちゃにして笑っていた。
たしかに、学校で教わったことのほとんどは忘れたような気もするけれど、祖父の言葉はこうして思い出せる。ずっと忘れていても、大切なものはちゃんと心の引き出しにしまわれているのかもしれない。必要なときに必要なものが取り出せるように。
どれくらいそうしていたのだろう。祖父との思い出を振り返っているうちに陽が傾き始めているのに気付いて、草むしりを再開した。
一通り、墓の周り一帯が綺麗になると、持ってきた水と線香を取り出した。
風が止んだお陰で、何十本も立てた線香から燻るその煙は大きな束となってゆらゆらと不規則な線を描きながら天に昇っていく。耕太は静かに手を合わせた。
「半分、じゃねぇじゃん。じいちゃんの教えてくれたこと、足りなさ過ぎるくらい分かんねぇことだらけだよ」
黙って俯いていたあとに、吐き出すようにそう言った。
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