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少女がひきつった笑みを浮かべていると、店の奥からやってきた小柄な人影が、腰に手をあてて隣りに立つ。白いひっつめ髪に分厚い眼鏡をかけたおかみさんが、注文伝票を突き出しながら、叱咤の声を上げる。
「およしなさいよ。老い先短いアンタたちと違って、先の長い大事なお客様なんだから」
虫眼鏡のような分厚いレンズの向こうから、大粒の黒目に睨まれて、男三人は揃って首をすくめた。
「オマエも変わらん歳だろうに」と往生際悪くぼやいたマスターは、さらに鋭い視線を浴びて、あたふたと食器棚に向かった。
若い店員と少女は視線を交わして、忍び笑いを漏らした。
壁掛けの古い振り子時計が鐘を五つ打った。
少女が顔を上げて、残念そうに呟く。
「そろそろ帰らないと。もうすぐ期末試験なんです」
「高校生は大変だ」
「大学は試験とかないんですか」
「もう終わって、今は春休み」
いいなぁ、と少女がカウンターに突っ伏す。
「あと一年もすれば、イヤでもこういう生活になるよ」
「それを言わないで下さい」
少女は悶えるように体を揺すった。
「勉強なら、それこそ教えてもらえばいいじゃないか」
「坂の向こうの良い大学に通ってんだから」
常連たちが口を揃えて言うと、「良いも悪いも。偏差値高いってレベルじゃないですよ」と少女が恨めしげに呟いた。
カウンターの上で一度、ぺしゃりとつぶれた後で、意を決したように立ち上がった。
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