「いつまでも避けてちゃダメだって」

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 さらに品のないサインを作りかけていたマスターに、直之が肩をすくめて見せる。マスターは疑いの眼差しを向けていたが、注文票を片手におかみさんが戻ってくるなり、いそいそとドリップ台まで戻った。 「ホント、バカなんだから」  注文伝票をマスターに押し付けた奥さんが、戻ってくるなり、分厚いメガネを押し上げてため息を漏らした。  直之の顔を見て、何か言いたそうにしていたが、また他のテーブル席から呼ばれて、やむなく出て行った。  鋭い観察眼と適確なアドバイスで、道玄坂の占いババの名を欲しいままにするおかみさんから逃れたことに、直之はほっと胸を撫で下ろした。  先輩が泊まりはじめてから、すでに二週間が過ぎていた。  最初の宣言通り、先輩は家にこもりきりで、棚のゲームソフトを片っ端からプレイしている。  空いた時間やバイトのない日は、直之も一緒になって遊んでいた。  二人肩を並べて、ただひたすらゲームをする。若い男女の仲にあるべき色気など、微塵もない。  それでも、直之は楽しかった。  かつて最も輝かしかった日々が、そのままそっくり帰ってきたようで、このまま、いつまでもいられたらと、そう思う気持ちを、直之は否定できなかった。  しかし、同時に、終わりもまた、すぐそこまで見えていた。     
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