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「先輩」
通りに面した大きなガラス窓からは店内の様子がよく見えた。
手前のスツールにはよく見知った少女が腰掛けていた。
カウンターの流し台に立つ若い男性店員と、会話に花を咲かせている。彼女の横顔には誰が見たって疑いようのない好意が見て取れた。
落ち着いたクラシックのBGMがガラス窓越しに漏れ聞こえている。
窓枠に縁取られた二人の姿は、さながら美術館の壁にかかる小さな絵画か、街中のディスプレイに流れる映画のワンシーンのようでさえあった。
店の扉に向きかけていた足が、すすけたアスファルトの路面に縫い付けられた。
幸せそうな横顔をただ黙って見つめる。
根の生え始めた足を引き剥がして、一歩、足を踏み出す。
そのまま店の先を素通りして、素知らぬ顔で、路地の向こうへと歩いて行く。
弦楽器の引きつるような音色が、背中越しにしばらく鳴っていた。
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