「まだ貸しておく」

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「まだ貸しておく」

 朝、直之はアラームが鳴るより先に起床した。  いつも通り、音を立てずに支度をして、いつも通りに、メモを残して、家を出た。  いつもと違ったのは、メモ書きに家の鍵を添えておいたこと。  先輩は来ないかもしれないと、直之は思った。  今日帰ったら、もしかしたら先輩の姿はないかもしれないとも思った。  あるいは、これから先、もう二度と会えないのではと、そう思った。  そんな直之の不安をよそに、きっかり二時に店のドアが開かれた。  ジーンズにダウンジャケット姿の先輩が入ってくる。  直之は努めて平静に、他のお客と同じように席まで案内すると、メニューを渡した。  二人の表情がぎこちなかったのは、店員とお客という状況のせいだけでく、昨日の出来事が尾を引いているのは間違いなかった。  注文はランチセットで、それとなく飲み物を任せてもらえるように誘導して、その場を後にする。  直之はカウンターに戻ると、注文票を差し出しながら、マスターに伝える。 「コーヒーはあまり飲まないそうですが、せっかくなので、何かオススメを出してあげたいのですが」  マスターはチラリと直之の顔を見て、     
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