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1.
「何の本、読んでるの?」
高い声に俺は顔を上げた。
小学校低学年と見える男児が、ベンチに座った俺の前に立っていた。
少し身なりがいいように見えた、デパートの屋上だ、もしかしたらブルジョア階級の家族がブランド物でも買って、少し遊ぼうと上がってきたのか。
「……なんでもいいだろ」
俺は面倒でそう答える、到底小学生に判る内容ではないだろう。
「でも、こんなに天気いいのに、ずっと読んでるんだもん、面白いの?」
「……面白いは、面白いかも」
俺が本に視線を戻すと、男児は俺の隣に座った、まだ話すつもりか。
「僕もね、本読むの好きなの。この間は星新一さんの読んでね」
少し感心する、星新一などこんな歳の子が読むには難しいのでは。
他にもあれを読んだ、これが面白かったと、子供は立て板に水のごとくよくしゃべった。
俺は本に視線を落したまま、文字も追わずにその話に相槌を打っていた。
「千紘ぉ」
女性の声に、子供は「あ!」と声を上げた。
「お母さん!」
声を掛けた方を見ると、40代後半と見える女性がはっとした顔でこちらに寄ってくる。
子供は走り寄り、女性の体にしがみついた。
「もう、急にいなくなってびっくりするでしょ」
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