遭遇

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「彩加。痴漢のこと、聞いているのか?」 娘に逃げられた江元は妻に視線を向けた。 「電車内の痴漢は多いらしいですからね。何とかならないのでしょうか」 「何だ、他人事だな」 「他人事じゃないですよ。私だって学生の頃には電車の中でお尻を触られたことがありますもの」 「そ、そうか……」 「すごく恥ずかしいのよ。消えてしまいたいと思ったわ」 「そうか……」 消えてしまいたいというのは、どういう気持ちなのだろうと想像した。 「痴漢が消えてしまえばいいのよ。人間のクズなんだから」 彩加は娘に対するのと同様に、痴漢にも手厳しい。 江元も痴漢は許せないと思うが、自分の経験から満員電車の中で痴漢に間違われている男も少なくないと思っている。そうした人間のことを思うと、単純に痴漢と呼ばれている男を責める気持ちにはなれなかった。 「あなた。今日はゆっくりしているのですね。いいんですか?」 妻の声で思考が中断する。時計に目をやると普段より5分ほど遅い。 「あ、ああ。ぼんやりしていた」 慌てて鞄を手にし、自宅を後にした。
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